台湾台東に関わって40数年、その間に経験した楽しかったこと面白かったことびっくりしたことなど、現地の状況や日本との比較なども含めて紹介したいと思います。
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「小説を読んで気が付いたこと」   2013.8.10
                                 
対象となる小説:
『路(ルウ)』吉田修一  文藝春秋  2011年11月20日 第一刷発行


<小説中の中国語の「かな」および「カタカナ」表記ルビについて>

 もともと外国語をカタカナ表記するのは難しいのですが、過去50年間日本の統治下にあった影響でかなり多くの日本語が外来語となっている台湾で、中国語や台湾語を表記するのはさらに難しいものです。
 中には、日本統治時代からの曰く因縁や歴史が染み込んでいる言葉もありますが、お構いなしに適当に日本語発音をしている旅行案内なども見受けられます。
 ルビはピンインで表せば絶対ですが、ピンインで書いても中国語を勉強していない日本人読者には正確な発音はできません。
 かろうじて残された道は、出来るだけ中国語や台湾語に近い発音のルビをふることです。そして、日本人に馴染みのある地名などはそのまま日本名でルビをふるほうが読みやすくなると思われます。

『路』では、「台湾語発音のルビ」「中国語発音のルビ」「日本語発音のルビ」の3種類をその難しさの割には良く考えて使い分けて表記されていると感心していましたが、途中からかなり気になる表記があったり全くの間違えだったり、表記の統一性があやふやだったりと、読みづらい部分も多々でてきました。
 以下にその箇所を記しておきますので、刷りましの時には訂正をしていただければと思います。

 *全部読んでみて、中国語の無気音と有気音に関しては、「無気音を濁音」そして「有気音を清音」でルビ表記しているように受け取れますが(P22 中華路夜市 ジョンホアルウイェシィP251 乾麺 ガンミェン、P294 公館 ゴンガン、)、、、、やはり統一性がありません(P82 台中 タイチョン、 P83 中山北路 チョンサン、、、)。

P39 敦化南路 トンファンナンルウ(誤)→トンファナンルウ(正)

   *ここは、もし有気音無気音のことを表すならば ドンファナンルウが 
    最も良いと思いますが、、、、、。敦→dun
   *さらに、林森北路は リンセンベイロウになりますが、、、。

 日本語には無気音有気音など無いのだから、適当で良いではないかと思われるかも知れませんが、日本語にも有気音と無気音の区別があって、使っている日本人が知らないだけです!

 例えば 開花 階下 の花と下は「か」と発音しますが、花は無気音の「か」で「下」は有気音の「か」(少し喉から音を出すような)なのです。詳しくは小生のブログ「Formosa(福爾摩莎)台湾/台東—40年—」の日本語と中国語をお読み下さい。
http://ohitoyoshi1948.blog.fc2.com/blog-category-23.html
    

P84 請到 ティンダオ(誤)→チィンダオ(正)
請→qing

   好 ホゥア(誤)→中国語なら ハオ、 台湾語なら ホー


P280 台北松山空港  しょうざん(誤) →まつやま(正)
   「松山」を「しょうざん」と言っている現地の人がいるのでしょうか?
   それとも何処かの台湾通と称する日本人がそう言ったのでしょうか?

   松山を「しょうざん」とは、、、??
   私は47年台湾を行き来していますが、初めて聞きました!

  中国語発音では「ションサン」(songshan)ですから、「しょうざん」は
  中国語発音に近いですね。


<台湾語発音の食べ物>
台湾庶民に親しまれている有名な食べ物は、台湾語で呼ばれることが多いです。

 この小説の中でも、「蚵仔煎、オアチェン」(カキのお好み焼き)や「肉圓、バーワン」(台湾風肉団子のようなもの)は台湾語発音です。

 P116「生煎包、ションジェンパオ」は、最近では色々なパターンのものがあって一概には言えませんが、本来の「生煎包」はどちらかというと日本の「お焼き」に近いものです。文中では、「普通の肉まん」と書いていますが、普通の肉まんは焼いたものではなく蒸したものです。
 「かわいい、かわいい」と日本人観光客の若い女の子が言っているとあるので、屋台で作っているまだ焼いていない生のものを指しているのだと思いますが(見方によっては可愛く見える)、肉まんは「包子」とか「肉包」と言ってあくまでも蒸したものですから、台湾人からみても「生煎包」は「普通の肉まん」ではありません。

<気になった風景描写>

 小説の中で一貫して樹木は「ガジュマル」、畑は「グアバ」のようで、台湾中がそんな風景に見えるように感じましたが、台湾も結構植物には恵まれていて、街路樹にはクスノキ、インドゴムノキ、フウ、小葉欖仁、モモナマナなどいろいろあります。

 畑もグアバだけではなく、モッカ(パパイヤ)、バナナ、シャカトウ、トウモロコシ、サツマイモ、キンマなどなど、、、、。

 P440 「椰子の原生林」とありますが、ヤシの原生林が残っているところは台湾にはありません。日本でも、沖縄の離島「石垣島」や「西表」くらいでしょう。台湾新幹線が走る沿線のヤシは全て植林によるものです。
 
 P440 「用水路を攪拌する水車」とありますが、用水路ではなく「養殖池」です。用水路を攪拌して何をするのでしょうか?


作者と出版社へ;

私達読者はお金を払って本を買って読んでいます。
私は理系人間ですが、自分の仕事には責任を持ってやってきました。
どんな職業でも、ミスは決してしてはなりませんし、皆それぞれ一生懸命に日々努力しています。
そうはいうものの、確かにどんな人間にもミスはつきものですが、
もしそれが判明した時にどういう態度を取るのかが問題です。

私は自分自身日本語が出来ないので、小説家を尊敬してきました。
しかし、ある時有る有名小説家の文中の物理的な不具合を発見して周りの人にその事を言いましたが、皆そんなこと見つけても何もならないでしょう?と言われ愕然としました。

政治家でも発言ミスは頭を下げて訂正します。
新幹線の設計ミスは、人命に関わるかも知れません。
なぜ小説家や出版社だけがミスを許されるのか?

それとも、私が指摘していることはミスにはならない、、、
ちょっとした愛嬌で済むことなのでしょうか?

もしそうなら、愛嬌だらけの本はもっと安く売って下さい!
昔の本はこのようなことはとても少なかったように思います。

はっきりミスだと分かっていることですから、
後は大人としてきちんと始末を付けて欲しいと思います。
 
台湾とは長い付き合いだったので、その分期待して読んだ本でしたが、
ちょっと残念でした。
 
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[2013/08/22 13:15] | 雑記帳
トラックバック:(0) |
<体罰と虐めについて考える> 2013.2.28

もしあなたがMMティーチャーの『体罰・虐め予防マニュアル』を読んだら?


『体罰と虐めについて考える』
   <体罰・虐め予防マニュアル>
        2013.2.11

  暴力・暴行・暴言、私刑・虐待、体罰・罰・懲罰・
  お仕置き、躾、折檻、虐めとシゴキ、嫌がらせ、
  ハラスメント、(身体的)指導と訓練、格闘競技、
  警策(罰策、罰警)、正当防衛などなど、、、。

 
  *何処までが体罰ではなく、どこからが体罰なのか? 
  *そして躾、お仕置き、折檻、虐め、シゴキ、指導、
   訓練はどこがどう違うのか?
  *その違いと是非は?
*なぜ格闘技、警策、正当防衛、自殺は許されるのか?
*なぜ体罰は無くならないのか?

by MMT(Moonlight Mask Teacher)


<目次>
1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
2.確認   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 
  2−1.虐めが起こるわけ
   2−2.あなたへの確認
3.様々な定義と情報を知る・・・・・・・・・・・・・・9   
  3−1.定義   
【暴力】【暴行】【暴言】【私刑】【体罰】【罰】【懲罰】
【お仕置き】【虐待】【躾】【折檻】【虐め】
【嫌がらせ、ハラスメント】【悪戯、いたずら】【誹謗・中傷・罵倒・侮辱】
【いじり】【シゴキ】【指導】【訓練】【格闘技】【警策】【罰策・罰警】
【正当防衛】【自殺】
3−2.社会問題の細分化
   【ハラスメント、嫌がらせ】【差別】【虐め】【虐待】
【体罰・暴力】【ネット】【その他】
4.法律を知る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
4−1.体罰 三つの事例
4−2.教師の人権
   4−3.色々な事例を考える
5.文科省の考え方<懲戒と体罰>・・・・・・・・・・21
   5−1.体罰とは
   5−2.文科省通知(懲戒と体罰)
5−2−1.体罰(学校教育法および文科省通知) 
   5−2−2.児童生徒を教室外に退去させる等の措置について(文科省通知)
5−2−3.携帯電話について(文科省通知)
5−3.文科省通知の検討と解説(懲戒と体罰)
6.文科省の考え方<いじめ>・・・・・・・・・・・・27
6−1.文科省の虐めの定義(新定義、平成18年度)
6−2.文科省通知【通知1】いじめの問題への取組の徹底について
6−2−1.いじめの早期発見・早期対応について
   6−2−2.いじめを許さない学校づくりについて
6−2−3.教育委員会による支援について
6−3.【別紙】「いじめの問題への取組についてのチェックポイント」
6−3−1.学校
6−3−2.教育委員会
6−4.【通知3】問題行動を起こす児童生徒に対する指導について
6−4−1.生徒指導の充実について
   6−4−2.出席停止制度の活用について
6−5.文科省通知(いじめ)の検討と解説
7.体罰や虐めの予防のために・・・・・・・・・・・・34
  7−1.体罰と虐め
  7−2.個人データの重要性 
7−3.即効性が求められる指導
7−4.兆候を見逃さない
7−4−1.観察力アップの方法
7−4−2.細かな指導
7−5.体罰の予防
7−5−1.自信を持って手を出す
7−5−2.予防のための三つの秘訣
   7−6.懲戒の公平と教育的効果
7−7.虐めの予防
7−7−1.教師の生徒への虐めについて
7−7−2.生徒同士の虐めについて
8.部活動での<体罰と虐め>・・・・・・・・・・・・48
   8−1.法律上の部活動の位置
   8−2.部活動の形態—本来のあるべき姿
8−3.なぜ部活動が成り立っているのか?
8−4.部活内部の体罰
8−5.部活内部の虐め
9.体罰と虐めに対する事後指導(フォロー)・・・・・54
   9−1.発生時の対応
   9−2.事後指導
10.虐められない知恵・・・・・・・・・・・・・・・・54
 10−1.地域教育 – ガキ大将教育
10−2.虐める側と虐められる側
10−2−1.虐める側
10−2−2.虐められる側
10−3.虐められない知恵

11.資料など  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
11−1.言葉の違い・年齢による呼称
11−2.順位制 – ニワトリの突き行動における順位制
11−3.常識的な行動が法律違反(私の経験から)
11−4.自殺予防教育
11−5.権理と権利
11−6.授業妨害について
12.熱血先生に告ぐ! ・・・・・・・・・・・・・・・71
13.おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73

1.<はじめに>
 最近、体罰と虐め事件が頻発している。その中でも特に話題になったのは、
  2011年10月 大津中学 虐め自殺事件
  2012年12月 桜宮高校 体罰自殺事件
  2013年 1月 前日本女子柔道体罰事件 などである。

 伊吹文明衆院議長は9日(2013年2月)、岐阜市で開かれた自民党県連の政治塾で講演し、教育現場やスポーツ指導での体罰の是非について、「全く否定したら教育なんかできないと思う」などと語った。
 文部科学相を務めたこともある伊吹氏は、塾生から体罰の是非について問われると「私も戦後の教育を受けたので随分殴られた。しかし、そんなに嫌な思いは残っていない」と自身の経験を明かした上で、「この頃は少しそんなことをやると父親や母親がどなり込んでくるというが、どの程度の愛情を持っているのかと思う」と述べた。       (以上2月10日読売新聞より)
 それに対して予想通り賛否両論、すでに色々な意見や批判が飛び交っている。
いつも通り「体罰は絶対にダメだ!」を繰り返すというだけの見飽きた意見も多くあるが、ある程度の体罰は仕方がないのではないかという意見もある。
 イギリスやアメリカでは制度を設けて一定の体罰を法律で認めている。

 こんな風に書くと、私が体罰容認派ではないかと思われるかも知れないが、そうではない。体罰はなくなるに越したことはないが、ここでもう一度原点に戻って、体罰や虐めとは何かを考えてみることも必要ではないだろうか。
 戦後、新憲法(主権在民、基本的人権の尊重、平和主義)の下に民主的な教育(教育基本法に基づく教育)が導入されてから久しいが、60年以上を経過した現在に於いても特に生徒への「体罰」と生徒間の「虐め」の問題は、時代の変化とともに形を変え色々な意味での変化を伴ってはいるものの(本質的には変わっていないようなのだが)、依然として大きな問題として残っている。(もちろん不登校、学級崩壊、学力低下、教師や生徒の自殺等の問題があることも忘れてならないのだが、、、)
 戦後しばらくは戦前の影響もあって、教師は聖職であるという考えからある程度生徒からも保護者からも教師は尊敬されていたので、その陰に隠れて体罰や虐めの問題はあっても表沙汰になる事は殆どなかった。
 もちろん時代背景の影響もあり、体罰や虐めをする側と受ける側の精神的状況も、現在とは多少違っていたと思われる。
 ところで、いつの時代でも言われるのが「体罰や虐めはなぜ無くならないのか?」と言うことであるが、少なくとも人間が動物であり集団で生活する限り、そして資本主義国家であり民主主義教育国家であれば、体罰と虐めの問題は学校でも社会に於いても決してゼロにはならないと断言できる。
 なぜなら、人間の本能的な衝動や感情を否定することはできないし、母親のお腹に誕生してから死ぬまで人権というものを持ち、物心ついてから死ぬまで種々の権利と自由を主張することが許され、個々人で様々な主義主張を唱えることも許され、そしてそれらの人々の権利や自由を奪うことは許されないからである。
 さらに言えば、それらの人達がそれぞれ違った環境で育ち、それぞれ違った考え方や性格を持って生きて行き、それもまた否定することは出来ないからである。

 すなわち言い方を少し変えると体罰や虐めは、みんなと仲良く(無難に)暮らす目的で自由平等、基本的人権や平和などを享受するために医者から処方して貰った薬の副作用のようなものなのだと思う。
 現在の日本の国では完全にゼロにすることは出来ないが、少しでも少なくすることは可能であり、全ての国民が努力しなくてはならないと思う。私には関係ないことだと思っている人が多くいればいるほど、なかなかゼロに近づくことはないだろう。(完全独裁国家であれば、表面上ゼロにすることは出来るが、、、)

 なぜなら、教育という内容には大きく三つあって、家庭教育・学校教育・社会教育がある。教育があるからにはそこには教育する者(教師)が必ず存在する。(私はこれにさらに加えて、地域教育と自然教育があると考えているのだが、今回それにはあまり触れないでおく)
 人間生まれた時から必ず、教育される側になったり教育する側になったりしている。この認識はとても大事で、教育するのは教師だけの仕事だと思っている人は、もう一度よく考えていただきたいと思う。モンスターペアレントと呼ばれる親たちの中にはこういう考え方の人が多い。
参考1:高校教師の仕事と一般会社の教育する立場としての仕事
   授業(教える)                  後輩指導   
   生徒や親とのコミュニケーション(学級経営、PTA) 社内コミュ  
各種指導や相談(進路・生活など)      部下・同僚の指導や相談
   部活動指導                 各種サークル活動と指導
   校務分掌業務、                  普通の仕事

参考2:親が子供を教育する権利と義務があることは当然のことであるが、
この事についてはしっかりと民法に規定がある。民法第820条。
ところで、一度も教育する側になったことがないという人はいるだろうか?
 極端な言い方になるかも知れないが、人間長い人生のなかで、必ずある時には生徒になりある時には教師になっている。
特に学校で教える人を教師(教員、教諭、講師、教授、先生)と言うことが多いために、自分がある時には教師なのだと思うことがなかなかぴんと来ない。
自分の子供を育てている時には、常にその子供の父親であり母親であり、そしてその子供の教師なのである。

 会社に入ったばかりの時には新入社員、学校で言えば新入生だが、翌年新入社員が入って、さらに三年もすれば会社での自分の仕事の一部は自分より若い社員に対する教師としての教える仕事も含まれてくる。
 死語になっているかも知れない「でもしか先生」や知識ばかりを詰め込んだ「でっかち先生」でさらに教育に熱の入らない先生は、その消極的な言動が学校の色々な問題の傷口を少しずつ広げるのには大いに役立つが、何か大きな問題が起こっても直接の当事者になる事はまれで、するりするりと上手にその責任を逃れる技も持ち合わせているようだ。
 一方、部活指導や校務分掌など何事にも熱心で積極的な教師、俗に言う「熱血先生」と呼ばれるような先生は、生徒や親から信頼されることも確かに多いが、その反面自分の常識と価値判断で指導や仕事をする事が多く、結果的に問題を起こしたり、問題に関わってしまうことが多くなるというのも事実である。

 最近、世の中の経済的格差や社会的格差がますます拡大しているが、その現象からも今後日本の学校教育の中でますます体罰と・虐めの問題は拡大していくことになると思う。
 これらのことを念頭に置いて、主題の体罰と虐めについて考えて行きたいと思う。
 もし内容に不備な点があれば、各自で補強していただきたい。 

2.確認
2−1.虐めが起こるわけ
 本文に入る前に確認しておくが、虐めが起こる(発生する)のは、学校や教師の問題ではない。学校という閉鎖的共同体やクラスにおいては、どうしても虐めが起きてしまうのである。だから、どうしたら無くすことが出来るのかを考える必要はなく、少しでも少なくす努力をしなければならない。虐めが起こる詳しい原因については後述する。(参考資料:「つつき行動におけるニワトリの順位制」など)
2−2.体罰の起こる原因
 犯罪も虐めも全く無くならないのと同じように、体罰も全く無くなるということはないだろう。しかし体罰は限りなくゼロに近くすることは可能だと思う。
 体罰が起こる原因は体罰を行う側の様々な原因と非体罰者の問題、さらには両方が一度に重なって起こる場合と、3通り有ると思われる。悲しいかなどちらも人間であると言うことが、大きな原因を作っている。

2−2−1.指導者側の問題
 ①指導者の大きな夢や希望や目標、情熱など 熱血先生
②指導者の人格と体験
 *指導者の性格的問題:短気、すぐ頭に来る、かっかしやすい、すぐ手が出る、
  屈折した感情、思い込み主義、虐待嗜好 
 *指導者の感覚的問題:体罰についての考え方が甘い、相手の気持ちが分からない、
体罰だと思わずに手が出る
 *指導者の体験:体罰を受けた体験、暴言を受けた体験、過度なシゴキを
受けた体験、虐めを受けた体験
③指導力不足
 *学習指導、生活指導、部活動指導などについて、最も効果的な指導方法について
日頃から研鑽を積んでいない。
*自らの経験と体験だけで思い込み指導しようとする→効果のない指導→体罰
*生徒指導の経験が少なく、何でも事務的に処理しようとする。
 *法律を知らない。観察力不足。判断能力不足。

2−2−2.指導される側の問題
①最近の生徒の傾向
*勝手で我が儘、礼儀作法を知らない。規律規則を守らない。
 *自分の権利ばかり主張して、他人を無視する=親にも教師にも目上にも
尊敬の念が全くない。
 *自由をはき違えている。自分の思い通りにして何が悪い!
 *部活動などでは、努力も練習もしないで勝ちたい、勝てると思っている!
 これでは指導者ならずとも普通の人間なら、誰でも頭に来てしまいますね!
 自由と権利について正しく教えられる人(教師を含めて)がいません!
こんな事を頭に置きながら、先に進みましょう!


2−3.あなたの確認<重要>
ところで今あなたは、どういう気持ち(心構え)でこのマニュアルを読みだしていますか?
1.体罰や虐めは絶対になくさなければいけないことであり、自分自身も少
しでもそのために役に立ちたいし努力したいと思っている。
使命感の様なものさえ感じている!
  →もう少し気持ちを楽にして,読み進めて下さい!
2.体罰や虐めなど、自分は絶対に、あるいは多分していないしこれからも
しないと思うが、もし万が一してしまったり巻き込まれたりしたくない
から。
  →このまま読み進めて下さい。

3.よく振り返ってみると、軽度な体罰や虐めを今までにしたことがあっ
たような気がするが、問題にはならなかった。でも今後同じように対応
した時にどうなるのか不安だし、出来れば(個人的な理由も含めて)体
罰や虐めはしたくないし巻き込まれたくないから、 もう少し知識を得て
勉強しようと思った。→このまま読み進めて下さい。

4.*自分の性格や教師としての過去を客観的に振り返って見ると、どうも熱
血教師的なところがあり、この先体罰や虐めをしてしまう恐れがありそ
うだから、何とかそのようなことがないようにと、、、。
*過去に体罰や虐めに関わって色々嫌な思いをしたことがある。
  *多少手を出すくらい良いのではないかと思うことがあるのだが、、。
  *体罰でもしなきゃ、今の世の中あんなガキどもを指導できるわけねえ
よ!
  →このまま読んだ後、「熱血教師に告ぐ!」を必ず読んで下さい!

5.体罰や虐めなどに絶対関わりたくないし、学校や生徒などどうでもいいか
ら、何とか何事もなく無事に定年まで過ごしたい。とにかく関わりたく
  ないから、関わらなくても済むようななにか良いヒントでもあればと思
って読んでいる。
  →すぐに教師を辞めて、比較的人間に関わらない他の職業を探すこと
をお勧めします!
   もしどうしても辞めたくない時、自分以外の人間(教師、児童生徒、
家庭)と学校に迷惑をかけないという絶対の自身があれば、読まずに
今まで通り過ごして下さい!

5.どれにも当てはまらない。
→読み進めていただいて結構ですが、お話をお聞かせ下さい!
3.様々な定義と情報を知る
3−1.定義
 ところで、一般の人々(子を持つ親、教育関係者等を含めて)はどの程度言葉の定義とその違いが分かっているのだろうか?

 このマニュアルを読んでいる方を馬鹿にするわけでは決してないが、試しに先ほど書いた「教師、教諭、教員、先生、講師、教授」+「教職員」の違い、そして「嬰児、新生児、乳児、赤子、幼児、児童、学童、生徒、学生、子供、少年(少女)、青年、青少年、成人、壮年、初老、老人、高齢者、年寄り、熟年、」の年齢の違いをさっと言えるだろうか? 
 あるいは、「告訴、告発、摘発、送検、提訴」はどうだろうか?
 もう一つ「指導、措置、処分、懲戒、訓戒、戒告、勧告、注意、説諭」!

私のような理系教師は、どうも言葉に弱いという弱点を持っているので、自分の専門分野以外の専門用語やあまり聞いたことのないような言葉が頻出する法律関係書や解説書・指導書のたぐいは苦手であるが、そんなことが原因で自分自身が事件を起こしたり巻き込まれたりしては一大事である!
 この際頑張って、読み進めていただきたい。
 表紙にあげた言葉は厳密には同じ次元で考えられないものもあるかと思うが、体罰と虐めについての話を進める上で必要であると思い、念の為に大まかではあるが一般的定義を記しておく。是非この言葉の違いをよく考えながら、また初めて聞くような用語については注意して読んでいただきたい。
【暴力】
1. 乱暴な力・行為。不当に使う腕力。
     2. 合法性や正当性を欠いた物理的な強制力。 (大辞泉)
      (合法的・正当性のある行為→格闘技など)
【暴行】
1. 乱暴な行為。不正な行い。
    
2. 暴力を用いて人身に危害を加えること。
     3. 力ずくで女性を犯すこと。強姦(ごうかん)。

 (大辞泉)

【暴言】 他を傷付ける礼儀から外れた言葉、およびそのような言葉を口にする
  こと。主に他人を傷つける意図で言い放つ乱暴な言葉を指す。

【私刑】 リンチ、法律に基づかないで、特定集団(およびそれ自身が定める独自   
の規則)により決され、執行される私的な制裁。(ウィキペディアより)

【体罰】 1.こらしめのために、身体的な苦痛を与えること
    ・身体に対する侵害(殴る、蹴る等)、肉体的苦痛を与える懲戒(正座・            
直立等特定の姿勢を長時間保持させる等) その他の行為については、
定義は困難で、どこからが体罰でどこからが体罰でないのかはグレー
ゾーンとなっている。 (文科省通知参考)
 参考1.子どもに手を出した時、その行為が「体罰」になるかどうかはその行為
の重さと状況による。 また、子どもへのいじめ・嫌がらせや暴言、不当
行為の強要なども、場合によっては「体罰」に該当する場合がある。
 
 参考2. 学校教育法第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、
文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加え
ることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
【懲戒】 特別の監督関係ないし身分関係にある者に対し一定の義務違反を理由と
して科する制裁。典型的なものは一般職の国家・地方公務員に対する懲
戒処分(国家公務員法82条、地方公務員法29条)である。
その種類には戒告、減給、停職、免職の4種類があり、懲戒免職された者
は退職金を受けられないほか、年金を減額される。 

     教育上の懲戒:
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、児童・生徒に懲戒
を加えることができるが、体罰を加えることはできないと定められてい
る(学校法11)。
懲戒とは、「子女の保護・教育・監護の責にある特定の者がその責に任
ずる必要上加える一定の制裁」

参考1.懲戒:親の子どもに対する懲戒権は、基本的親子関係について定め
る民法に規定されている。
     ・第820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利
を有し、義務を負う。
     ・第822条(懲戒)
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲
内でその子を懲戒することができる。
     (懲戒場の規定は平成23年の改定により削除された)   
【罰】 法令や特定集団における決まりごと、道徳などに違反したものに対する公
もしくは集団が行う、多くは当人に不利益または不快になることである。
罰を与えることを制裁というが、制裁を罰の意味で使うこともある。仕置、
懲罰とも言う。

【懲罰】1.こらしめのために罰を加えること。また、その罰。「違反者を―する」 
(2.公務員などの不正・不当な行為に対する制裁。特に、国会の各議院
または地方議会が、議会の秩序維持のために議員に科する制裁。戒告・
陳謝・登院(出席)停止・除名の4種がある。) (大辞泉)

    *ゼロ・トレランス方式(不寛容制度):不当行為を犯した者に、寛容的に
ならず徹底的に懲らしめきちんと制裁を加えること。アメリカで発生した
割れ窓理論から発展した処罰方式。一時犯罪激減に貢献したと言われてい
るが色々な問題点も指摘されている。日本でもこの方式で徹底した生徒指
導を行っている高校がある。

【お仕置き】1.いたずらや悪い事をした子供に、こらしめのために罰を加える
        こと。また、その罰。
     (2.江戸時代、刑罰をいう。→しおき)

【虐待】1.自分の保護下にある者(ヒト、動物等)に対し、長期間にわたって暴
力を振るったり、日常的にいやがらせや無視をするなどの行為を行う
ことを言う。一言に虐待といっても、対象や種類は様々である。
2.惨い扱いをすること。
【躾】 1.礼儀作法を身につけさせること,また,身についた礼儀作法(広辞苑)
2.人または家畜の子供または大人に、人間社会・集団の規範、規律や礼儀
作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、
訓練すること。概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。
【折檻】1.厳しくしかったり、こらしめの体刑を加えたりすること。
    
2.強くいさめること。厳しく諫言(かんげん)すること。
    3.現代では子供等の目下の者への体罰や虐待の意味が強くなった。

【虐め】1.相手の肉体的・心理的苦痛を快楽的に楽しむことを目的として
  行われるさまざまな行為。
2.実効的に遂行された嗜虐的関与(加害者側の行為を通じて被害者側の
悲痛として現実化し、その手ごたえを加害者側がわがものとして
享受する)       (内藤朝雄『いじめの社会構造』から)
文科省の定義:「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、
物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」
とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
    なお、いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って
行うよう徹底させるとしている。 (文科省の定義)
→イジメかどうかは個人の体力や性格経験、精神的な強さなどによっ
て違うと言うことになる。

*最近の虐め問題研究における用語:
・キャラ(コミュニケーション):
キャラクター(英: character、性格・人格)を省略した若者言葉で、 
コミュニケーションの場における振舞い方に関する類型的な役割を
意味する。その具体的な役割に応じて、例えば「まじめキャラ」
「バカキャラ」「へたれキャラ」「癒しキャラ」のようにさまざまな
ものが存在する。
・スクール・カースト(学校カースト):
現代の日本の学校空間において生徒の間に自然発生する人気の度合
いを表す序列を、インドなどのカースト制度になぞらえた表現。
 ・フラストレーション-攻撃仮説(欲求不満-攻撃仮説)
心理学者のJ.ダラード(J.Dollard)は、人間は『他者・自己・
社会に対する欲求』が満たされなければ満たされないほど、
自尊心(自己肯定感)が傷つきイライラとして攻撃的にな
ることを示した。遺伝的な基盤を持つ「怒りの情動」は、
自己防衛を目的として本能的に生起してくることがある。
・いじめのロシアンルーレット現象
      近年目立つようになってきた、今日虐められた子が明日は虐める側に
なると言うように日替わり、あるいはある一定の期間を置いていじめ
られる子がめまぐるしく変化する現象である。
バブル崩壊前後と家庭ゲーム機の性能が向上した1980年代の後半
から目立つようになってきたいじめの現象である。

【嫌がらせ、ハラスメント】
  特定、不特定多数を問わず相手に対し、意図的に不快にさせることや実質的
な損害を与えるなど、強く嫌がられる道徳(モラル)のない行為の一般的総称。
英語ではharassmentに相当し、日本でも、嫌がられる行為をすること(または
何がしかの行為に不快感を示すこと)を指してハラスメントと表現する場合も
ある。
類似の行為に「いたずら」があり、遊びの範疇であるとか、ごく軽度の内容と
いうニュアンスを含む。              (ウィキペディアより)

【悪戯、いたずら】悪ふざけ、人を担ぐこと。
度を超した悪戯を「悪ふざけ」という。

  *報道やマスメディアなどで「悪質な悪戯」と表現する場合は、多くの場合に
おいて他人の名誉を毀損したり、器物を損壊したり(落書きや、窓ガラスを
割る行為など)、業務を妨害したり(脅迫電話や、電子掲示板への犯罪予告
の書き込みなど)、場合によっては結果として人命を奪いかねない行為
(鉄道線路への置き石行為や、道路にロープを張る行為等)など、犯罪行為で
あることが多い。
  *「誰々にいたずら」という表現は、通常わいせつ行為をぼかした表現である。
これらはいずれも、本来の「悪戯」とは性格が大きく異なり、逮捕や補導され
る可能性がある。           (以上ウィキペディアより)
【誹謗・中傷・罵倒・侮辱】
誹謗:他人を悪く言うこと。そしること。
  中傷:根拠のないことを言いふらして、他人の名誉を傷つけること。
  罵倒:激しい言葉でののしること。
  侮辱:相手を軽んじ、はずかしめること。見下して、名誉などを傷つけること。
                              (以上大辞林)
【いじり】人格をもて遊ぶ。
     色々なパターンがあり、相手が不快に感じれば虐めである。
     虐めの入り口になっていることが多いので、相手が不快に感じなければ
よいと推奨されるものではなく、できれば止めさせるべきである。

【シゴキ】1.「しごく」とは「一方を握り締めたまま、もう一方を引き抜くよう
にして手前に引くこと、転じて厳しく訓練すること」
2.濡れたタオルをしごいて水を搾り出すイメージから、選手から汗
を流し尽くさせるような厳しい練習を課すことを「しごく」と言い、
その行為を「しごき」と言う。
     3.したがって、本来「シゴキ」という言葉自体に悪い意味はない。

     しかし、シゴキと聞くと一線を越えた訓練・練習というイメージが一般
的であることも事実である。 

【指導】1.ある意図された方向に教え導くこと。
      指導→訓練→シゴキ→問題 と言う図式が見えるが、この時指導の段
階で指導される側の体力、健康、精神状態など細かな事が考慮されて
いるかどうかが問題となる。
(2.柔道で,選手が禁止事項を犯したとき,審判員から受ける宣告の一。   
禁止事項のごく軽い犯し方をしたもの。)

【訓練】1.あることを教え、継続的に練習させ、体得させること。

2.能力・技能を体得させるための組織的な教育活動のこと。
  厳しい訓練は「シゴキ」というが、厳しい訓練で非訓練者が死んでしま
うとそれは訓練をさせた者の殺人行為になる事もあり得る。
【格闘技】 スポーツであり選手の安全性や観客への娯楽性などを重視し競技に応
じたルールに従って行う競技。
一歩間違えると暴力になりかねない。
      格闘技の中で反則行為があるが、ルールに従って行っている時は格闘
技という競技でも、反則をしている時それは暴力になることがある。
【警策】警策は、警覚策励(けいかくさくれい)の略。坐禅のとき、修行者の肩   
ないし背中を打つための棒を指す。曹洞宗では「きょうさく」、臨済宗で
は「けいさく」と読む。長さは宗派によって異なるが、一般的に持ち手は
円柱状で、先端に行くにしたがって扁平状となる。材質は多くが樫や栗。
打つ側は「警策を与える」、打たれる側は「警策をいただく」という言い
方をする。体罰にはならない。         (ウィキペディアより)
【罰策・罰警】体罰ではない。
通常警策は禅堂内で使用されるものだが、時として禅堂から離れたところ
で用いられることがある。それが「罰策」(ばっさく)・「罰警」(ばっ
けい)である。雲水(修行僧)が、その修行中に規矩(雲水が守るべき
規則)を破ってしまった際、文字通り「罰」として警策で打たれることを
指す。違反の程度にもよるが、連続して数十発打たれることもある。もち
ろんこのような「罰」を受けた後は、肩・背中が腫れ上がり、ミミズ腫れ
の痛みで数日間は背中を下にして眠れないという。(ウィキペディアより)

【正当防衛】正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛 
するため、やむを得ずにした行為をいう(刑法36条1項)。正当防衛は
これを罰しない(同条1項)。また、防衛の程度を超えた行為は、情状
により、その刑を減軽し、又は免除することができる(過剰防衛、
同条2項)。
【自殺】自殺(じさつ、英: suicide)とは、自分で自身の命を断つこと。
    自害、自死、自決ともいう。          (ウィキペディアより)

自殺は客観的には違法な行為であるが、自殺するような人に刑罰を加えて  
もそれを防止できず、期待可能性が無いため責任が阻却(*)されると考え
処罰しない。
    尊厳死(安楽死)の条件を満たす違法でない自殺の幇助を除いては、自殺 
者本人は罰せられないが自殺幇助者は違法として処罰される。
*阻却(そきゃく、違法性阻却ともいう。違法と推定される行為について、特別の
事情があるために違法性がないとすること。)

3−2.社会問題の細分化

 また、現在の社会では、虐めや体罰などを含む社会問題は以下のように色々と細分化されてきている。全てについて理解しなければならないと言うことではないが、出来る限り多くのことを知ることも必要であると思う。

*最近はやたらとカタカナ英語が氾濫して、どんな本や文献を読むにも頭を悩ます。 
昔の文豪と言われる人達の小説にはカタカナ英語や英語・ドイツ語などが氾濫してはいたが、、、。
 初めてお目にかかるカタカナ英語は、人に聞くか自分で調べなければいつまで経っても正しく理解できない。その事に使う国民一人一人の労力は国全体にすると相当の時間になり強いては国家の損失につながる(ちょっとオーバーか?)。
初期(半年くらいの間)に新しいカタカナ英語を使う偉い人達は、読む人達のことをもう少し考えて、たとえば

「性的嫌がらせ、セクシャルハラスメント、セクハラ、sexual harassment」

と、この様に書いてくれれば、読み手は読んでいる最中に中断して長い時間をかけて調べる必要もなく.手元にパソコンも辞書もなくてイライラすることもなくなるだろう。(ついでに言っておくが、カタカナ英語を覚えても英会話ではかえって発音の邪魔になるだけで役に立たない!)
体罰・虐め防止の為には、このように相手の気持ちになって考える
 という、ちょっとした心遣いも大事である!(*^_^*)
注)パソコン上でこのマニュアルを読んでいる場合は、以下の各言葉の上にカーソルを合わせてクリックすると、ウィキペディアの項目を自動的に呼び出します!
詳しく知りたい方は,どうぞ利用して下さい。
     【ハラスメント(嫌がらせ)】パワーハラメント(職場権力嫌がらせ) 、
          セクシャルハラスメント(性的嫌がらせ)、モラルハラスメント(精神的暴力嫌がらせ)
          アルコールハラスメント、スモークハラスメント、
          アカデミックハラスメント(学内権力嫌がらせ) 、
          レリジャスハラスメント(宗教的嫌がらせ)、ドクターハラスメント(医者の嫌がらせ)

     【差別】人種差別、年齢差別、性差別(男性差別・女性差別)、障害者差別
          部落差別 、職業差別(性風俗産業に対する差別) 、えこひいき(ひいき)、
          村八分 、共同絶交

     【虐め・苛め】職場いじめ(職員室のいじめ)、 性的いじめ 、ネットいじめ 、
しかと、いじり、味噌っかす

     【虐待】高齢者虐待、障害者虐待 、児童虐待(兄弟姉妹間の虐待)、動物虐待、経済的虐待
        身体的虐待、心理的虐待、性的虐待(児童性的虐待・少年への性的虐待・女性による性的虐待)
        ネグレクト

     【体罰・暴力】体罰、かわいがる、私刑(リンチ)、校内暴力(対教師、器物破損、生徒間)、
         家庭内暴力、ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)、
         ジェンダーバイオレンス(異性間DV)、デートDV(恋人間暴力)、
         言葉の暴力(暴言)、数の暴力

     【ネット】サイバー暴力 、サイバーテロ、サイバーストーカー、いじめ動画、荒らし、
         荒らしプログラム、DoS攻撃 、チェーンメール、迷惑メール(スパム)、粘着、炎上

     【その他】悪戯、迷惑電話、落書き 、噂(流言蜚語)、誹謗中傷、偏向報道、侮蔑、
         ほめ殺し、事なかれ主義、吊し上げ 、モンスターペアレント(親)、
         モンスターチルドレン(子)、 友達先生 、モンスターペイシェント(患者)、
         ストーカー、クレーマー(クレーム),モンスターティーチャー(教師)
   
4.法律を知る
 法治国家である日本に住んでいてものを考える時には、堅苦しいことのようだが全て法律に則して考えなければならない。体罰や虐めの問題も必ず法律と照らし合わせて考えなければならないのは当然のことである。
 教師が教室で授業をしている時、教育基本法や学校教育法に則って授業を行っているなどという意識は全くないが、結果的にはそれらの法律の基で全ての学校教育が執り行われているのである。 
 法律というのはほぼ常識と近いところがあるために、常識的に考え行動していれば法律に触れることはないと思う人が多いが、その様に考えていると場合によってはとんでもないことになる。
 私事だが、常識的に考え行動していたその結果(常識的に考え行動してくれない者がいるのだ!)*、法律に触れて賠償金を取られお金が無くなってしまい、翌年の正月に家族五人がお餅も食べられなかったという苦い経験がある。(*の件については、事の成り行きをこのマニュアルの最後に記しておく)

法律知らずは 恥をかく!
法律知らずは 馬鹿を見る!   →    法律知らずのアホ3原則!
法律知らずは 損をする!

 ですから弁護士は、地位も名誉もあり報酬も多い、皆が成りたがる職業なのです!
4−1.体罰 三つの事例
この事を念頭にこの後の頭が痛くなるような話を読んでいただきたい。
実際の判例をいくつか取り上げるので、あなたならどう考えるかを解答選択肢から選んでみて下さい。答えは後の方に書いてあります。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<体罰>
事例1.天草市小学生事件 2002年
当時この教員は三年生の担任をしており、この二年生の男子児童とは面識がなかった。当日一時間目終了後の休み時間、教員は廊下で、コンピュータをしたいとだだをこねる三年生の男子をしゃがんでなだめていた。そこを通りかかったこの児童が、教員の背中に覆い被さるようにして肩をもみ、離れるように言っても肩をもむのを止めなかったので、教員は上半身をひねり、手で児童を振りほどいた。そこに六年生の女子数人が通りかかったところ、児童は同級生の男子一名とともにじゃれつくように女子を蹴り始めた。教員はそれを制止し、「このようなことをしてはいけない」と注意した。その後、教員が職員室へ向かおうとしたところ、児童が後ろから教員のでん部付近を二回蹴って逃げ出した。教員はこれに立腹し、児童を追いかけて捕まえ、胸元をつかんで壁に押し当て、大声で「もう、すんなよ。」と叱った(この間数秒間)。児童はその日の午後十時頃、自宅で大声で泣き始め、母親に対し、「先生から暴力を受けた。」と訴えた。その後児童は夜中に泣き叫んだり食欲が低下するなどの症状が現れ、通学にも支障を生じるようになり、病院に通院して(心的外傷後ストレス障害、PTSD)治療を受けた。以後は徐々に回復し、元気に学校生活を送り、家でも問題なく過ごすようになった。その間、児童の母親は、長期にわたって学校関係者等に対し、極めて激しい抗議行動を続けた。
解答選択肢:
(1)教員の行為は社会通念に照らし、教育的指導の範囲を逸脱するものであり、
学校教育法十一条により全面的に禁止されている体罰に該当し、違法である
との判断を示して、PTSDとの因果関係も認め、市に対して慰謝料65万円の
   支払い払いを命じた。  
(2)教員の行為は社会通念に照らし、教育的指導の範囲を逸脱するものであり、
学校教育法十一条により全面的に禁止されている体罰に該当し、違法である
との判断を示したが、PTSDとの因果関係は認められないとして、市に対して
慰謝料21万円の支払い払いを命じた。 
(3)教員の行為が穏当を欠くものであったことは認められるが、悪ふざけの罰
として、児童に肉体的苦痛を与えるために行なわれたものではない。教員の
行為は、その目的、態様、継続時間などから判断して教育的指導の範囲を逸
脱するものではなく、違法性は認められないとして無罪となった。 
事例2.水戸五中事件  1976年
   5月12日、体力測定がおこなわれた。体力測定では各種目ごとに、担当の教
諭と補助担当の生徒数人の組で計測を担当することになっていた。
この際、女性教諭・K(40)=国語科・保健体育科兼任=の担当場所に補助員と
して付くことになった男子生徒・Aくん(2年生)は、Kと同じ担当となったこ
とを知り、午前9時頃に体育館で「何だ、Kと一緒か」と発言したという(K
教諭側の主張による)。
   Aくんの発言が耳に入ったKは、「自分が呼び捨てにされた」として激怒し(た
だしK教諭は「指導の一環」と主張した)、Aくんの頭を十数回殴りつけた。
Aくんは事件後体調を崩し、8日後に脳内出血で死亡した。死亡時、Aくんの
左側頭部には内出血が認められた。遺族はAくんの死亡時、Kによる「体罰」が
あったことを知らなかった。学校側はAくん死亡の際、「火葬か、土葬か」と
不審な質問を遺族にしたという。遺族が「体罰」の事実を知ったのは、Aくん
が火葬された後だった。警察の検証の結果,頭部を叩いたことと死亡との因果
関係は認められなかった。
解答選択肢:
(1)目撃していた同級生の証言などからKの暴行を認定した上で「私憤によるも
の」と断じ、罰金3万円の有罪判決。
(2)Kの行為は比較的軽微なもので死亡との因果関係も認められなく、Kに無罪の 
判決。

事例3.福岡県立高校事件  1962年
   3年生のクラスで、社会科・人文地理の時間に、男子生徒が私語をし続けし
かも生物の本を開いていたとして、授業担当の教諭が注意した。その後授業
担当の教諭から事情を聴いた担任教諭(25)が、該当の男子生徒を校内の応接
室に呼び出し叱責した。これに対して、生徒は反抗的な態度を続け、しかも
喫煙やカンニングなどの事実も判明したので、担任教師は平手で数回、頭部
を殴打し「明日、父親が来校するように」と命じた。
午後2時30分頃、クラス
へ返したが、その間、授業を受けさせず昼食もとらせなかった。

   
   翌朝、生徒は級友あてに6通の手紙をしたためて首吊り自殺をした。

この担任はいくぶん短気で、今までもしばしば体罰を加え、生徒を負傷させ
たり、逆に生徒から刃物で刺されたりしたことがあった。 また生徒も訓戒
を受けたことがあり、また事件の6日前にはノイローゼに基因する不調で診断
を受けたことがあった。

   自殺した生徒の遺族は「担任教諭の『体罰』が自殺の原因」として、学校を
管理する福岡県を相手に、死亡による逸失利益(生きていれば得られたであ
ろう利益)と暴行の精神的苦痛への慰謝料約820万円を求めて提訴した。
解答選択肢:
(1)教諭の行為を「違法な懲戒行為」と認定しながらも、担任教諭の暴行と自殺
との因果関係を否定し、「体罰」による精神的苦痛への慰謝料として福岡県
に3万円の支払いを命じる判決。担任教諭の暴行と自殺との因果関係につい
ては「誘発されたものではあるが、懲戒行為が自殺という結果を生じるのは
まれであり、法律上の因果関係はない」と結論づけた。
(2)慰謝料を60万円とする判決。『体罰』が自殺を招くことは予測困難と判断
し、暴行と自殺との因果関係を否定。

以上の三つは大変有名な判例であるが、回答は以下の通り。
判例1.正答=選択肢(3)
判例2.正答=選択肢(2)
判例3.正答=選択肢(2)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どうでしょうか? 最近少しずつですが懲戒と体罰のグレーゾーンが変化してきています。
4−2.教師の人権
数多くの判例を見ていておかしく思うことですが、教師は完璧に教育や指導をしないと評価されず、ダメ教師というレッテルまで貼られます。判例の中ではあくまでも教師の責任と義務を追及されますが、生徒による教師への人権侵害は無視されているとしか思えません!
 この辺りにも大きな問題が潜んでいるのです!
 ある県立高校に勤務していた時、上の判例1.のようにある3年生の生徒が教師を後ろから足で教師の臀部を蹴って突き飛ばしました。教師は眼鏡が吹っ飛んで思いっきりうつぶせに倒れました。次の日、その教師は自殺しました。遺書は公開されませんでした。
 翌日からも、学校では全く何事もなかったかのように全てが過ぎていきました。
これは明らかに、生徒が教師を自殺に追いやった生徒の暴力行為です。

 生徒にも人権があるように、教師にも人権があることを忘れてはなりません!
 泣き寝入りをしたり、職を自ら退くというようなことはよっぽどで無い限りして
はなりません。
体罰事件の内容の中には、対教師に対する暴力・暴言・嫌がらせなどが含まれていることが多くあります。さらに事件後に(まだ教師の非が確定してないにもかかわらず)、親からの嫌がらせや暴言で精神的に傷つけられる教師も沢山います。
 最近、教師の生徒に対する体罰問題が増加しているのと同じように、生徒の暴力行為で教師が怪我をするという事例も増えてきています。しかし、全治何週間といった医者の診断がでるほどの事件でも、逆の場合は殆ど表沙汰になりません。学校側があらゆる手段を講じて、ことを穏便に済まそうとするからです。
生徒の暴力・暴言・侮辱・嫌がらせ等にどの程度まで耐えればいいのか、どのようにして身を守ればよいのか毎日不安に過ごしている教師もいるのです。
教師の生徒に対する虐めや有形力行使の判断基準があるなら、生徒の教師に対する虐めや有形力行使の判断基準も示し、状況によっては過失相殺の制度を取り入れて欲しい程です。そう思うのは私だけでしょうか?

本意ではありませんが、生徒への体罰と虐めができるだけ少なくなることによって、結果として教師の人権が少しでも守られるようになる事も期待しています。

4−3.色々な事例
 それでは次の「色々な例」です!
 体罰や暴力に当たるかどうか、皆さんで考えてみて下さい!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
色々な例:(親が家庭内で子供に直接手を下す例とその逆の例)
1. 悪戯盛りの幼児に、その実の親が悪戯をしているその手をピシャリと打つ。
(幼児は泣くこともある)
 外面的な状況:親が子供の手を叩く
2. 学生(大学生・高校生・中学生・小学生)である自分の子供に、卓上にあるチョコレートをひっきりなしに食べながらテレビを見ているので、チョコレートを取ろうとして出したその手を「食べ過ぎ!」と言いながらピシャリと思い切り打つ。子供は痛がり手の甲が赤くなった。
外面的な状況:親が子供の手を強く叩く
3. 賞を取って帰ってきた子供を嬉しさのあまり思い切り抱きしめたが、子供はそのあまりの強さに痛みを感じてその手をふりほどき、「やだー!」と言って親を睨みつけた。
外面的状況:親が必要以上の力で子供の躰を締めた
4. レスリングが好きな子供の相手をしていた父親が、ちょっと力が余って子供に痛い思いをさせてしまった。その後子供は二度とレスリングをしなくなった。
外面的状況:親が子供にシゴキを加えた
5. レスリングのまねごとを父親としていた息子が、間違って親の顔にけりを 
入れてしまい、父親は全治1週間の怪我をしてしまった。
外面的状況:子供が父親の顔を蹴りつけて怪我をさせた暴力
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
如何でしょうか?
上の事例を、親子の関係ではなく、あまり現実的とは言えませんが、生徒と教師の関係に置き換えて考えてみて下さい。 
 内容にはっきりしない箇所もあるので、正確な回答が出来ないかも知れま
せんが、色々な状況を自分自身で想定して考えてみると良いと思います。
 さらに、複数の先生方で考えてみると、意見も色々と出てきて勉強になります。
 とにかく児童生徒などの指導は、百件百様でなかなかこれだという様なモデルを作ることが出来ません。

4−4.いじめ
 虐めについての判例は、判例の多くが生徒同士であることから、省略します。

 虐めでは、大津市の例のように虐められた生徒が最終的に自殺するケースが多く見られますが、生徒の自殺については虐め以外の原因も多くあり虐めとは別個に対策を考える必要があります。
 虐めが原因の自殺→耐えられない、自分は楽になり美化される、相手は苦しむはずだと言うように自殺者は考えている節があるようですが、実際にはそうだとは言えません。大変重要なことでありながら日本では自殺について教える場所も機会も殆ど無く、新聞やテレビのニュース、小説や映画などを通しての知識と感覚しか持っていないのが現状です。
 したがって、自殺については、諸外国でも行われている自殺予防教育なども含めて、別項で改めて取り上げたいと思います。

5.文科省の考え方<懲戒と体罰>
5−1.体罰とは
  体罰とは、「肉体的苦痛を与えるような懲戒」
  懲戒とは、「特別の監督関係ないし身分関係にある者に対し一定の義務違反を理 
由として科する制裁」

 つまり体罰とは、親、教師、監督などが、悪いことをした子を叩いたり、長時間立たせるなどして、こらしめ、指導することである。

5−2.文科省通知(懲戒と体罰)
5−2−1.体罰(学校教育法および文科省通知) 
 殴る蹴るはもちろん体罰ですが、体罰の機械的定義はできないと文科省は考えているとしながら、平成19年度文部科学省通知「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」の通知の「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方
」で次のように体罰を定義づけています。
——————————————————————————————————————————————————————————————————————————
体罰について
(1)児童生徒への指導に当たり、学校教育法第11条ただし書にいう体罰は、い 
かなる場合においても行ってはならない。教員等が児童生徒に対して行った
懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心
身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様
等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。
(2)(1)により、その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対す
る侵害を内容とする懲戒(殴る、蹴る等)、被罰者に肉体的苦痛を与えるよう
な懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たる
と判断された場合は、体罰に該当する。
(3)個々の懲戒が体罰に当たるか否かは、単に、懲戒を受けた児童生徒や保護
者の主観的な言動により判断されるのではなく、上記(1)の諸条件を客観的に
考慮して判断されるべきであり、特に児童生徒一人一人の状況に配慮を尽くし
た行為であったかどうか等の観点が重要である。
当たり前! 生徒や親に体罰かどうか決められてどうする!
    (4)児童生徒に対する有形力(目に見える物理的な力)の行使により行われた
懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではなく、裁判例に
おいても、「いやしくも有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教
育法上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法
の予想するところではない」としたもの(昭和56年4月1日東京高裁判決)、
「生徒の心身の発達に応じて慎重な教育上の配慮のもとに行うべきであり、
このような配慮のもとに行われる限りにおいては、状況に応じ一定の限度内
で懲戒のための有形力の行使が許容される」としたもの(昭和60年2月22日
浦和地裁判決)などがある
     状況によっては、軽く叩いたりつねったり小突たり程度のことはしても良い!

(5)有形力の行使以外の方法により行われた懲戒については、例えば、以下の
ような行為は、児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでない限り、通常体罰には
当たらない。
   肉体的苦痛を与える→教師等当事者以外が判断するのではない!
               児童生徒が肉体的苦痛と感じた →体罰
               児童生徒が肉体的苦痛と感じない→懲戒 
・放課後等に教室に残留させる。(ただし、用便のためにも室外に出ること
を許さない、又は食事時間を過ぎても長く留め置く等肉体的苦痛を与える
ものは体罰に当たる)。
・授業中、教室内に起立させる。*1
・学習課題や清掃活動を課す。 *2
・学校当番を多く割り当てる。 *3
・立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。*4
*2*3*4については、もともと文科省の通達にも体罰として取り上げられていないことであり、そんなことが体罰かどうかの難しい見極めになっているのか?と、開いた口がふさがらない!
(6)なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のため
にやむを得ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行
われたものではなく、これにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体
罰には該当しない。また、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、
これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使に
ついても、同様に体罰に当たらない。これらの行為については、正当防衛、正当
行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。
  当たり前!
  身を張って事件を防ごうとした行為にまで責任取らされてどうする!
  学校外でなら、なくれっきとした正当防衛であり、救済行動は表彰も
のです!
  この文面を読むと、教師の人権を最初から無視して作られていると感じる。 

5−2−2.児童生徒を教室外に退去させる等の措置について(文科省通知)

(1)単に授業に遅刻したこと、授業中学習を怠けたこと等を理由として、児童
生徒を教室に入れず又は教室から退去させ、指導を行わないままに放置するこ
とは、義務教育における懲戒の手段としては許されない。
  遅刻や怠けを理由に、原則として教室に入れなかったり追い出したり
できない! 
  義務教育ではない高等学校では、できる!

 (2)他方、授業中、児童生徒を教室内に入れず又は教室から退去させる場合で
あっても、当該授業の間、その児童生徒のために当該授業に代わる指導が別途
行われるのであれば、懲戒の手段としてこれを行うことは差し支えない。
  もし教室に入れなかったり追い出した時は、授業に変わる指導(?)を
別途しなければならない!
(3)また、児童生徒が学習を怠り、喧騒その他の行為により他の児童生徒の学
習を妨げるような場合には、他の児童生徒の学習上の妨害を排除し教室内の秩
序を維持するため、必要な間、やむを得ず教室外に退去させることは懲戒に当
たらず、教育上必要な措置として差し支えない。
  明らかに授業妨害に当たる場合は、必要な間、教室から退去させること
ができる!
(4)さらに、近年児童生徒の間に急速に普及している携帯電話を児童生徒が学
校に持ち込み、授業中にメール等を行い、学校の教育活動全体に悪影響を及ぼ
すような場合、保護者等と連携を図り、一時的にこれを預かり置くことは、教
育上必要な措置として差し支えない。
授業中の携帯の使用による携帯電話の一時預かりは、あらかじめPTA
や保護者にその旨の了解を取った上でなら行っても良い。
こんな事になぜ事前了解が必要なのか!
  事前了解がなければ何も出来ないのか?しかるべき法律を示して欲しい!
   (ゲーム機、漫画雑誌類、弁当などは?)

  入学の際に提出させる「校則を遵守します」という*誓約書は、何の
意味もないのか?(学校での不要品については校則に記載あるはず)

  *誓約書:
私(氏名)はXXX高等学校に入学後は校則などの規則を尊守し、
学校の秩序を維持し学習その他の活動に最善の努力をもって励む
事を誓います。

   生徒:
       保護者: 印

5−2−3.携帯電話について(文科省通知)
  携帯電話については平成21年1月の文科省通知により,以下のようになった。
    (この間平成20年にも携帯電話に関する通知が出されている)
1. 学校における携帯電話の取扱いについて 学校及び教育委員会においては、
学校における携帯電話の取扱いに関して、各学校や地域の実態を踏まえた上で、次に示す指針に沿って、基本的な指導方針を定め、児童生徒及び保護者 に周知するとともに、児童生徒へ指導を行っていくこと。 指導方針の作成及び実施に当たっては、あらかじめ児童生徒や保護者等に対し、指導方針と併せて携帯電話の学校への持込みの問題点について周知を行うなど、学校の取組に対する理解を得つつ、協力体制を構築すること。


(1)小学校及び中学校
①携帯電話は、学校における教育活動に直接必要のない物であることから、小・
中学校においては、学校への児童生徒の携帯電話の持ち込みについては、原則禁
止とすべきであること。
②携帯電話を緊急の連絡手段とせざるを得ない場合その他やむを得ない事情も想
定されることから、そのような場合には、保護者から学校長に対し、児童生徒に
よる携帯電話の学校 への持込みの許可を申請させるなど、例外的に持込みを認
めることも考えられること。このような場合には、校内での使用を禁止した
り、登校後に学校で一時的に預かり下校時に返却したりするなど、学校での教
育活動に支障がないよう配慮すること。
(2)高等学校
①携帯電話は、学校における教育活動に直接必要のない物であることから、授
業中の生徒による携帯電話の使用を禁止したり、学校内での生徒による携帯
電話の使用を一律に禁止したりするなど、学校及び地域の実態を踏まえ、学
校での教育活動に支障が生じないよう校内における生徒の携帯電話の使用を制
限すべきであること。 指導方針を事前に周知した上で、授業中や校内での
使用禁止も出来る! 
②学校が学校及び地域の実態を踏まえて生徒による携帯電話の学校への持込み
を禁止することも考えられること。(同上)持ち込み禁止もあり得る!

(3)教育委員会 教育委員会においては、各学校における携帯電話の取扱いが適
切になされるよう、上記(1)及び(2)に関する基本方針を定めて学校に対し
て示すなどして、所轄の学校に対する指導を徹底すること。

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5−3.文科省通知の検討と解説(懲戒と体罰)

多少の意見などは上の通知文の間に赤字で書き記した。

 要するにグレーゾーンと言われている部分に多少触れているわけであるが、殆どが当たり前のことで、これなら常識的な判断から導き出せることである。

 正座については何も触れていない。正座も短時間であれば体罰にはならないといいながら、どの程度なら良いのかが示されていない。あるいは示せないのか?
 「当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断」しろということなのであろうか?
 懲戒で一番早急なとっさの判断が求められるのがこのグレーゾーン辺りの事例であって、色々なことを勘案してから指導するような余裕など無く、持ち帰ってから指導するのでは指導の効果が完全になくなってしまう。
とっさに判断できるような指針が欲しいのだ!
 頭脳明晰な文科省の方々には、こういう大事なことがシミュレーションも出来ないのであろうか? 現場を知らないからでしょうね!
それとも、学校の裁量権(いい言葉ですね!)を侵したくないから、出さないのでしょうか?
 *1の「授業中教室内に起立させる」ことは体罰ではないことから、
授業時間である40−50分程の起立は良いと言うことになります。

 ここでグレーゾーン(懲戒か体罰かの境目)をまとめてみると、

有形力の行使ではなく、体罰にもならない指導:
*授業中の起立40−50分程度(心身共に健康な児童生徒、身体的苦痛を伴わない)
*正座・特定の姿勢(短時間で、心身共に健康な児童生徒、身体的苦痛を伴わない)
*放課後などの教室での居残り(身体的苦痛を伴わない)
*学習課題や清掃活動を課す(身体的苦痛を伴わない)
*学校当番を多く割り当てる(身体的苦痛を伴わない)
*立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる(身体的苦痛を伴わない)

有形力の行使だが体罰にならない指導:
*生徒同士の喧嘩・暴力行為などを止めるために行う有形力の行使(おそらく生徒
の腕をつかんだり、押し返したり、押しつけたりする行為であって、殴る蹴るな
どの行為は含まない)
*その他の有形力の行使は、裁判事例を示しているだけで、文科相としての判断を
避けている。裁判例から判断すると,軽い程度の叩き、つねり、小突き、押しつけ、
押さえ、胸ぐらをつかむなどは懲戒として許されるのではないか?

有形力の行使ではないが体罰になる指導:
*必要以上長時間の起立や正座、特定の姿勢
*放課後などの教室での居残り(身体的苦痛を伴う)
*学習課題や清掃活動を課す(身体的苦痛を伴う)
*学校当番を多く割り当てる(身体的苦痛を伴う)
*立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる(身体的苦痛を伴う)
 これは知っておいて下さい! 
体罰をした→暴力教師 と言うことになってしまいます。

*さらに、もう一度言っておきますが、児童生徒の身体的苦痛というのは、
 あくまでも児童生徒がそう感じたかどうかであり、児童生徒が判断するの
です。客観性に欠けること(生徒が嘘をつくなど)が起こり得ますが、仕方
ありません!
 そこで、普段からの生徒とのコミュニケーションが大切になると思います。

6.文科省の考え方<いじめ>
6−1.文科省の虐めの定義(新定義、平成18年度)
「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」 とする。

なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
(注1)「いじめられた児童生徒の立場に立って」とは、いじめられたとする児童
生徒の気持ちを重視することである。
(注2)「一定の人間関係のある者」とは、学校の内外を問わず、例えば、同じ学校 ・
学級や部活動の者、当該児童生徒が関わっている仲間や集団(グループ)
など、当該児童生徒と何らかの人間関係のある者を指す。
(注3)「攻撃」とは、「仲間はずれ」や「集団による無視」など直接的にかかわる
ものではないが、心理的な圧迫などで相手に苦痛を与えるものも含む。
(注4)「物理的な攻撃」とは、身体的な攻撃のほか、金品をたかられたり、隠され
たりすることなどを意味する。
(注5)けんか等を除く。喧嘩と虐めの境界が難しいこともある!

6−2.文科省通知【通知1】いじめの問題への取組の徹底について
                         (平成18年10月)
以下は■色の文字をざっと見ていただければおおよそのことが分かると思います。全部読むのは時間の無駄なような気がします!
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6−2−1.いじめの早期発見・早期対応について
(1) いじめは、「どの学校でも、どの子にも起こり得る」問題であることを十分
認識すること。 日頃から、児童生徒等が発する危険信号を見逃さないように
して、いじめの早期発見に努めること。 スクールカウンセラーの活用などに
より、学校等における相談機能を充実し、児童生徒の悩みを積極的に
受け止めることができるような体制を整備すること。
(2) いじめが生じた際には、学級担任等の特定の教員が抱え込むことなく、学校
全体で組織的に対応することが重要であること。学校内においては、校長
のリーダーシップの下、教職員間の 緊密な情報交換や共通理解を図り、一致
協力して対応する体制で臨むこと。
(3) 事実関係の究明に当たっては、当事者だけでなく、保護者や友人関係等からの
情報収集等を通じ、事実関係の把握を正確かつ迅速に行う必要があること。
なお、把握した児童生徒等の個人情報については、その取扱いに十分留意する
こと。
(4) いじめの問題については、学校のみで解決することに固執してはならないこ
と。学校においていじめを把握した場合には、速やかに保護者及び教育委員
会に報告し、適切な連携を図ること。 保護者等からの訴えを受けた場合には、
まず謙虚に耳を傾け、その上で、関係者全員で取組む 姿勢が重要であるこ
と。
(5) 学校におけるいじめへの対処方針、指導計画等の情報については、日頃より、
家庭や地域へ 積極的に公表し、保護者や地域住民の理解を得るよう努めること。
実際にいじめが生じた際には、個人情報の取扱いに留意しつつ、正確な情報提
供を行うこと により、保護者や地域住民の信頼を確保することが重要であ
り、事実を隠蔽するような対応は 許されないこと。

6−2−2.いじめを許さない学校づくりについて
(1) 「いじめは人間として絶対に許されない」との意識を、学校教育全体を通じ
て、児童生徒一人 一人に徹底すること。特に、いじめる児童生徒に対しては、
出席停止等の措置も含め、毅然とした指導が必要であること。
また、いじめられている児童生徒については、学校が徹底して守り通すとい
う姿勢を日頃から示すことが重要であること。
(2) いじめを許さない学校づくり、学級 ( ホームルーム ) づくりを進める上で
は、児童生徒一人一人を大切にする教職員の意識や、日常的な態度が重要
であること。特に、教職員の言動が児童生徒に大きな影響力を持つことを十
分認識し、いやしくも、教職員自身が児童生徒を傷つけたり、他の児童生徒に
よるいじめを助長したりすることがないようにすること。
(3) いじめが解決したと見られる場合でも、教職員の気づかないところで陰湿な
いじめが続いていることも少なくないことを認識し、そのときの指導により
解決したと即断することなく、継続して十分な注意を払い、折に触れて必要
な指導を行うこと。

6−2−3.教育委員会による支援について
教育委員会において、日頃から、学校の実情把握に努め、学校や保護者からい
じめの訴えがあった場合には、当該学校への支援や当該保護者への対応に万全
を期すこと。

6−3.【別紙】「いじめの問題への取組についてのチェックポイント」
〈趣旨〉 このチェックポイントは、いじめの問題に関する学校及び教育委員会
の取組の充実のために、 具体的に点検すべき項目を参考例として示したもの
である。 各学校・教育委員会においては、このチェックポイントを参照しつ
つ、それぞれの実情に応じ て適切な点検項目を作成して、点検・評価を行う
ことが望ましい。
なお、「いじめ」の定義については、一般的には、「①自分より弱いものに
対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦
痛を感じているもの」とされているが、個々の行為がいじめに当たるか否か
の判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に
立って行うことに留意する必要がある。

<チェックポイント>
6−3−1.学校
(指導体制)
(1) いじめの問題の重大性を全教職員が認識し、校長を中心に一致協力体制を確
立して実践に当たっているか。
(2) いじめの態様や特質、原因・背景、具体的な指導上の留意点などについて職
員会議などの場で取り上げ、教職員間の共通理解を図っているか。
(3) いじめの問題について、特定の教員が抱え込んだり、事実を隠したりするこ
となく、学校全体で対応する体制が確立しているか。
(教育指導)
(4) お互いを思いやり、尊重し、生命や人権を大切にする指導等の充実に努めてい
るか。特に、「いじめは人間として許されない」との強い認識に立って指導
に当たっているか。
(5) 学校全体として、校長をはじめ各教師がそれぞれの指導場面においていじめ
の問題に関する指導の機会を設け、積極的に指導を行うよう努めているか。
(6) 道徳や学級 ( ホ-ムル-ム ) 活動の時間にいじめにかかわる問題を取り上
げ、指導が行われているか。
(7) 学級活動や児童生徒会活動などにおいて、いじめの問題とのかかわりで適切
な指導助言が行われているか。
(8) 児童生徒に幅広い生活体験を積ませたり、社会性のかん養や豊かな情操を培う
活動の積極的な推進を図っているか。
(9) 教職員の言動が、児童生徒を傷つけたり、他の児童生徒によるいじめを助長
したりすることのないよう、細心の注意を払っているか。
(10) いじめを行う児童生徒に対しては、特別の指導計画による指導のほか、さら
に出席停止や警察との連携による措置も含め、毅然とした対応を行うことと
しているか。
(11) いじめられる児童生徒に対し、心のケアやさまざまな弾力的措置など、
いじめから守り通すための対応を行っているか。
(12) いじめが解決したと見られる場合でも、継続して十分な注意を払い、折に触
れ必要な指導を行っているか。
(早期発見・早期対応)
(13) 教師は、日常の教育活動を通じ、教師と児童生徒、児童生徒間の好ましい
人間関係の醸成に努めているか。
(14) 児童生徒の生活実態について、たとえば聞取り調査や質問紙調査を行うな
ど、きめ細かい把握に努めているか。
(15) いじめの把握に当たっては、スクールカウンセラーや養護教諭など学校内
の専門家との連携に努めているか。
(16) 児童生徒が発する危険信号を見逃さず、その一つ一つに的確に対応している
か。
(17) いじめについて訴えなどがあったときは、問題を軽視することなく、保護者
や友人関係等からの情報収集等を通じて事実関係の把握を正確かつ迅速
に行い、事実を隠蔽することなく、的確に対応しているか。
(18) いじめの問題解決のため、教育委員会との連絡を密にするとともに、必要
に応じ、教育センタ-、児童相談所、警察等の地域の関係機関と連携協力を
行っているか。
(19) 校内に児童生徒の悩みや要望を積極的に受け止めることができるような教
育相談の体制が整備されているか。また、それは、適切に機能しているか。 (20) 学校における教育相談について、保護者にも十分理解され、保護者の悩み
に応えることができる体制になっているか。
(21) 教育相談の実施に当たっては、必要に応じて教育センタ-などの専門機関と
の連携が図られているか。教育センター、人権相談所、児童相談所等学校以
外の相談窓口について、周知や広報の徹底が行われているか。
(22) 児童生徒等の個人情報の取扱いについて、ガイドライン等に基づき適切に
取り扱われているか。
(家庭・地域社会との連携)
(23) 学校におけるいじめへの対処方針や指導計画等を公表し、保護者や地域住民
の理解を得るよう努めているか。
(24) 家庭や地域に対して、いじめの問題の重要性の認識を広めるとともに、家庭
訪問や学校通信などを通じて、家庭との緊密な連携協力を図っているか。 (25) いじめが起きた場合、学校として、家庭との連携を密にし、一致協力してそ
の解決に当たっているか。いじめの問題について、学校のみで解決するこ
とに固執しているような状況はないか。
(26) PTAや地域の関係団体等とともに、いじめの問題について協議する機会を設
け、いじめの根絶に向けて地域ぐるみの対策を進めているか。

6−3−2.教育委員会
(学校の取組の支援等・点検)
(1) 管下の学校等に対し、いじめの問題に関する教育委員会の指導の方針などを
明らかにし、積極的な指導を行っているか。
(2) 管下の学校におけるいじめの問題の状況について、学校訪問や調査の実施な
どを通じて実態の的確な把握に努めているか。
(3) 学校や保護者等からいじめの報告があったときは、その実情の把握を迅速に行
うとともに、 事実を隠蔽することなく、学校への支援や保護者等への対応を
適切に行っているか。
(4) 各学校のニーズに応じ、研修講師やスクールカウンセラー等の派遣など、適
切な支援を行っているか。
(5) いじめの問題について指導上困難な課題を抱える学校に対して、指導主事や教
育センタ-の専門家の派遣などによる重点的な指導、助言、援助を行っている
か。
(6) 深刻ないじめを行う児童生徒に対しては、出席停止を命ずることもできるよ
う、必要な体制の整備が図られているか。
(7) いじめられる児童生徒については、必要があれば、就学校の指定の変更や区
域外就学など弾力的な措置を講じることとしているか。
(8) 関連の通知などの資料がどう活用されたか、その趣旨がどう周知・徹底され
たのかなど、学校の取組状況を点検し、必要な指導、助言を行っているか。
(教員研修)
(9) 教育委員会として、いじめの問題に留意した教員の研修を積極的に実施して
いるか。
(10)研修内容・方法について、様々な分野から講師を招いたり、講義形式のみに偏
らないようにするなどの工夫を行っているか。
(11)いじめの問題に関する指導の充実のための教師用手引書などを作成・配布し
ているか。
(組織体制・教育相談)
(12) 教育委員会に、学校からの相談はもとより、保護者からの相談も直接受け
とめることのできるような教育相談体制が整備されているか。また、それは、
利用しやすいものとするため、相談担当者に適切な人材を配置するなど運
用に配慮がなされ、適切に機能しているか。
(13) 教育相談の利用について関係者に広く周知を図っているか。また、教育センタ
ー、人権相談所、児童相談所等学校以外の相談窓口について、児童生徒、保
護者、教師に対し周知徹底が図られているか。
(14) 教育相談の内容に応じ、学校とも連絡・協力して指導に当たるなど、継続的
な事後指導を適切に行っているか。
(15) 教育相談の実施に当たっては、必要に応じて、医療機関などの専門機関と
の連携が図られているか。
(家庭・地域との連携)
(16) 学校とPTA、地域の関係団体等がいじめの問題について協議する機会を設
け、いじめの根絶に向けて地域ぐるみの対策を推進しているか。
(17) いじめの問題への取組の重要性の認識を広め、家庭や地域の取組を推進する
ための啓発・広報活動を積極的に行っているか。
(18) 教育委員会は、いじめの問題の解決のために、関係部局・機関と適切な連携
協力を図っているか。

6−4.【通知3】問題行動を起こす児童生徒に対する指導について
                        (平成19年2月5日)

6−4−1.生徒指導の充実について
(1)学校においては、日常的な指導の中で、児童生徒一人一人を把握し、性向等についての理解 を深め、教師と児童生徒との信頼関係を築き、すべての教育活動を通じてきめ細かな指導を行う。
 また、全教職員が一体となって、児童生徒の様々な悩みを受け止め、積極的に教育相談やカウンセリングを行う。
(2)児童生徒の規範意識の醸成のため、各学校は、いじめや暴力行為等に関するきまりや対応の基準を明確化したものを保護者や地域住民等に公表し、理解と協力を得るよう努め、全教職員がこれに基づき一致協力し、一貫した指導を粘り強く行う。
(3)問題行動の中でも、特に校内での傷害事件をはじめ、犯罪行為の可能性がある場合には、学校だけで抱え込むことなく、直ちに警察に通報し、その協力を得て対応する。

6−4−2.出席停止制度の活用について
(1)出席停止は、懲戒行為ではなく、学校の秩序を維持し、他の児童生徒の教育を受ける権利を保障するために採られる措置であり、各市町村教育委員会及び学校は、このような制度の趣旨 を十分理解し、日頃から規範意識を育む指導やきめ細かな教育相談等を粘り強く行う。
(2)学校がこのような指導を継続してもなお改善が見られず、いじめや暴力行為など問題行動を繰り返す児童生徒に対し、正常な教育環境を回復するため必要と認める場合には、市町村教育 委員会は、出席停止制度の措置を採ることをためらわずに検討する。
(3)この制度の運用に当たっては、教師や学校が孤立することがないように、校長をはじめ教職員、 教育委員会や地域のサポートにより必要な支援がなされるよう十分配慮する。
学校は、当該児童生徒が学校へ円滑に復帰できるよう学習を補完したり、学級担任等が計画的かつ臨機に家庭への訪問を行い、読書等の課題をさせる。
市町村教育委員会は、当該児童生徒に対し出席停止期間中必要な支援がなされるように個別の指導計画を策定するなど、必要な教育的措置を講じる。
都道府県教育委員会は、状況に応じ、指導主事やスクールカウンセラーの派遣、教職員の追加的措置、当該児童生徒を受け入れる機関との連携の促進など、市町村教育委員会や学校をバックアップする。
地域では、警察、児童相談所、保護司、民生・児童委員等の関係機関の協力を得たサポートチームを組織することも有効である。
(4)その他出席停止制度の運用等については、「出席停止制度の運用の在り方について」(平成 13 年 11 月 6 日付け文部科学省初等中等教育局長通知)による。
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6−5.文科省通知(いじめ)の検討と解説
 如何でしょうか?

 この文科省の通知文を読んで、新しい発見はありましたか?
 さすが文科省だ! と感心しましたか?

 要するに、いつも言われていることとほとんど何も変わりません。
 何となく文科省の責任逃れも感じます。

 私たちもよく使う言葉ですが
「言うは安く行うは難し!」(Easier said than done.)

 同じようなことですがいつも通知として出していれば、一応教育委員会を通して指導をしているのだという責任逃れでしかないでしょう!

 文科省が本当に現場を改善改革し虐めや体罰を無くす自信があるなら、「教員Gメン」のようなモデル教師を育てて、問題のあった学校や問題が出そうな学校に派遣して、模範を示して貰いたいですね。(出来そうもありませんが)
 こんな事を言っていても始まらないので、話を元に戻しましょう。

 すなわち、虐め問題に関しても文科省や教育委員会などは、学校の体罰や虐め予防の切っ掛けになるような言葉は示していても何も具体的なことは示しておらず、最近の政治家の多くのように口先ばかりで実際には殆ど無力なのです。

 現場の教員自らが立ち上がらなければ何も始らないのです。 

 ここでちょっと気が付いたのでもう一言だけ言わせて下さい。
 文科省は、通知を出すだけではなく、実のある研修会を開くくらいの予算も一緒に出せ! 文科省が出せないならそれぞれの教育委員会が出せ! 教育委員会も出せないなら学校が出せ! (こんな声はきっと届きませんね)

 ここでは、教師→児童生徒、児童生徒→教師の虐めについては触れません。
あくまでも、児童生徒同士の虐めについて話を進めていきます。

 ここではグレーゾーンの問題は考えません!
どこからが虐めでは無くて、どこからが虐めなのかと線を引いても意味が全くないからです。全てを、虐めの中に入れて考える必要があります。

 すなわち、いたずら、悪ふざけ、いじり、からかい、嫌がらせ等も程度によってきちんと指導されねばなりません。
そしてこれらの軽い虐めのようなことから、最終的には自殺へと追い込むような虐めに進行することが多くあります。

7.虐めや体罰の予防のために
7−1.体罰と虐め
 それではその体罰と虐めの予防のために、私たち教師は一体何を考え何をしなければならないのでしょうか?

 先ず、文科省の言うような大まかなところから取りあえずは考えてみましょう。
 例えば体罰や虐めについては、

<体罰>
教員等が児童生徒に対して行った懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。

<虐め>
個々の行為が虐めに当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、虐められた児童生徒の立場に立って行うことに留意する必要がある。

 要するに虐めも体罰も、その定義に於いては、された側の生徒が、どういう体格と体力を持ち合わせていて、どんな健康状態で、どんな心理(心の)状態で、どういう状況に置かれて、どういう思いをしたのかということが大事で、加害者がどうであったのかは二の次の問題と言えます。

 例えば、懲戒のつもりで軽く頭を叩いたのだが、叩かれた生徒が精神不安定の生徒で、叩かれたことで精神的に著しく打撃を被った様な場合には、体罰になる可能性があります。
 
 冗談のつもりで何回か言った言葉だったのだが、相手の生徒はその言葉にとても辛い過去を持っていて、何回も言われたことで、精神的苦痛を感じ登校拒否となった。おとなしい性格だから、言われても何も言い返したり止めて欲しいとも言えなかった。これも、たとえその言葉を言った教師や生徒が全く虐めるようなつもりはなくても結果的に虐めになります。

7−2.個人データの重要性
 この事から言えることは、教師の虐めにしても、生徒同士の虐めにしても、教師の生徒に対する体罰にしても、虐めた本人はそして体罰をした教師は、生徒の色々な状況が分かっていたかどうかです。要するに相手をよく知らなかったことで、体罰になったり、虐めになったりすることもあるのです。

特に生徒同士の虐めについては、虐めた側に「虐めた正当な理由」は全く認められませんし、認めてはいけません。上の「冗談のつもり」なら、何回も言う必要はありません。

 そこで必要なのが、生徒の個人データを頭に入れておくこと!
  生徒とのコミュニケーションを常に意識して、
面談を多く取り入れること!

 主な性格、健康状態、持病、友達関係、家庭環境、成績、部活、趣味、特技や苦手なこと、進路希望等だがこれらは入学の時あるいは入試の時に色々な形で書類で提出されている。それを一括してまとめておけば、生徒側のことはクリアーできる。
 あるいは入学した時にこれらをまとめた形の表を渡して書き込ませればよい。そして、その表の内容を何回かチェックすればよいのだ。

 その個人表は、部活顧問も授業担当教諭も生徒指導関係者も何時でも見られるようにしておくこと。特に問題が感じられる生徒については、担任から部活顧問や授業担当教師に伝えておくか資料を渡しておくとよい。
 そして、直接本人や親と話が出来る面談も、機会を逃さず出来るだけ多く取り入れるべきだ。出来るだけ多くの生徒とコミュニケーションが取れるように日頃から気を遣う必要がある。

 私の学校ではほぼ同じ様なことをやっています!
 そう今気が付いたの方もいるのではないでしょうか? 

 多くの学校ではこのような個人のデータを持っているのです。
 でもそれが有効活用されていないばかりか、こういう時の為のデータにもなるという認識もほとんどありません。
はそれをしっかりと意識して活用すれば良いということだけなのです!

 担任を持ったら、クラスの生徒の資料に目を通してください。
 部活に新入生が入って来たら、その生徒達のデータに目を通して下さい。

ただし、個人データなどの管理には十分な注意が必要です!

7−3.即効性が求められる懲戒などの指導
 生徒が何か悪戯や悪さをした時など、ちょっとした事でも大きな問題に発展することがあるので当然指導しなければなりませんが、その場ですぐに指導しないと指導効果が殆ど無くなってしまうと考えられる時、すなわち即効性が求められる指導である時は、以下の点に注意して欲しいと思います。
生徒を指導する時には,衝動的に反射的に指導しない!
手が出そうになったら!
一呼吸置いてから、三つ数えてから、言葉を選んで指導すること!
 この時生徒のデータが頭の中を巡るくらいにしておくと良いのですが、、、、。
 普段からこういう訓練を試みておくことも必要でしょう。

7−4.兆候を見逃さない
 虐めにおいては、兆候を見逃さない! ことがとても大事なことです。
何事にもその兆候があります。(全く見られないこともあるにはありますが)
 頭痛の兆候、体調不良の兆候、虐めの兆候、自殺の兆候、、、、、。

 兆候は、空気、雰囲気のちょっとした違いとしても現れる!

 この兆候を見逃さない為には、ある程度の訓練が必要です。
 相手をよく観察する! 観察力を身につけましょう。

 普段の生活の中で、あれ!いつもと違うな! と言うような経験をしたことありませんか?
 
 質問! (男性に)今日、あなたは何色のどんなソックスをはいていますか?
     (女性に)今日、貴方はどんな装飾品を着けていますか?
      見ないで,お答え下さい。
     (ソックスや装飾品は、貴方が身につけているものの中の一つですが,
それを含めて貴方は一体今日は何種類身につけているでしょうか? 
こじつけかも知れませんが、自分のクラスの生徒の数より少ないでし
ょう?(^_^;))
 
普段からいつも細かな違いに気を遣うことです。

 ごく地味な彼女や奥さんが、とんでもなくケバイ格好をすれば誰だって気が付きます。誰でも気が付くことに気が付くのは普通の人であって、給料を貰って働いている教師であればもっと生徒の細かな変化に気が付かなければなりません。苦手な人は訓練をして下さい。

 ある日の朝、クラスの女生徒がロングヘアーやポニーテイルから突然ショートに変えて登校してきたら、これは気づかなければいけません。これが教師の宿命だと思って頑張って下さい。クラスの生徒に対してできるだけ興味を持って(?)見守っていれば、必ずちょっとした違いにも気が付くものです。

7−4−1.観察力アップの方法 
 それはちょっとした訓練で出来ることなのです。
その1:あなたは今このマニュアルを読んでいるところですが、顔を90度右か左に回してみて下さい。もしそこに大した景色がなければ(白い壁ばかりとか、、)後ろを振り返っていただいても結構です。
 何か景色、あるいは物が見えますね。貴方が今見ている視野にある物全てを細かに見えたままをそのまま心の中でつぶやいて下さい。大事なことは、目に入っている物に対して「なんんであれは、、、、なんだ?」とか「きっとあれは、、、、にちがいない」とかの自分の考えや気持ちなどを入れないこと! こんな事を暇のあるときにちょっとやるだけで良いのです。集中力も向上しますよ!

その2:今度は動くもので試してみましょう。道を歩いているとき、すれ違う人や自転車に乗った人など、通り過ぎる自動車でも良いですがスピードが速い物はそれだけ難しくなります。(イチローは自動車で動体視力の訓練をしたそうです!) すれ違う人の特徴を出来るだけ沢山心にとめておき、すれ違った後で思い出してみて下さい。これも簡単にできますね。お金もかかりません!動体視力もアップします!

 観察力が身につけば、朝のHRの出席点呼も授業の出席確認も簡単になります。
出席など取る必要が無くなるからです。40人から50人のクラスで出席を取ると、早い人で1分、遅い人で2分かかります。1年180日とすると、年間で2時間から4時間も無駄になります。
 要するに生徒全員が出席しているか?誰が席にいないのか? が分かって、席にいてもよそのクラスの生徒であったなら自分のクラスに帰るように指導すれば良いのです。出席簿を見ながら点呼を取っていたのでは、目は出席簿と生徒を往復して、生徒の観察が半分しかできません。この2時間から4時間を有効に利用して下さい。

 観察力がアップして、生徒の観察がとてもうまくいくようになっても、それを有効利用しなければ宝の持ち腐れです。生徒との会話の中で、あるいは面談の時に、頭の中の生徒のデータと一緒に上手く利用して下さい。

 ついでですが、観察力や動体視力がついてくると、生徒のカンニングなども事前に防止できるようになります。

7−4−2.細かな対応 
 例えば高校2年のあるクラスの担任で、いつも通り朝のSHRに出ていたとしましょう。一つの席に生徒が座っていない、、、これは生徒が遅刻か休みか、、、、どちらかで、まさか死んだとは思いませんが、、、登校途中で自転車のパンクや事故と言うことだって考えられます。
 (本来遅刻欠席は事前連絡が必要なのですが、なかなか徹底しないものです)
 その時に頭をよぎるのが、生徒のデータです。全くどう考えても「普通の生徒で信頼している」生徒であれば、親の連絡忘れなどもありますから、午前中一杯くらいは家庭への連絡を待っても良いでしょう。でも、「ちょっと気になる」生徒の場合には、出来るだけ早めに保護者と連絡を取る必要があります。さらに「とても気になる」生徒の場合には、「あれ! XXは遅刻か,,,それとも休みかなあ? 誰か聞いてる人はいませんか? (仲の良い生徒に)○○君聞いてないか?」などと聞いた上で、何か情報が得られればそれを頭に入れて、すぐに保護者と連絡を取ります。 
このように何事もないような日常生活の中でも、細かに対応することによって、事前に色々なことが分かることもあります。
 忙しくてとても細かなことに気を遣ってられないと言うのも、今の教師の悩みの種です。学級経営、指導案作成(慣れると手抜きする教師が殆どです、仕方がないと思います)、授業や補習、定期考査と採点と成績処理、進路相談や面談、部活動指導、校務分掌、、、。仕事を家に持ち帰らなければやっていられないのが現状です。
 本来、担任を持ったら(理想は全教員が)校務分掌はしなくてよいと思います。そのくらいの予算を国は認めるべきです。
国の明日を担う若者の教育に日本はお金をかけていません。その若者を直接教育する教員の待遇も、全く仕事の内容が異なる外国の教員と比較して、結構待遇はよい方だとうそぶいています。そんな資料を使って、何で教員はそんなに待遇が良いのかなどと批判する輩までいます。

また話がそれそうなので、元に戻しましょう。

 とにかく、細かな対応が、結局は虐めを予防・防止することにつながっていきます。


7−5.体罰の予防 
 体罰に関しては、教員であるあなた自身が色々と考え、時には感情を抑えたり、我慢する必要があります。
 
 家庭を持って子供を教育した人ならよく分かると思いますが、子供が悪戯をして言うことを聞かない時などはどうしても反射的に強弱は別として手を出してしまうことがあります。普通はかなり加減をしていますが、この加減が分からなくなってくると,家庭内暴力(児童虐待)になってしまいます。

 家庭内での親子ではよっぽどのことが無い限り、体罰だ虐めだという問題になることはありません。実の親子という特別な関係もあります。またその程度の「躾」は当たり前だと、世間でも思われています。

 ところが、学校の中では微かに触れたか触れないかでも問題になるのです。

 体罰になるのか懲戒の範囲以内となるのか、当たり前のことですが、いちいち聞いてから行動に出るというわけにはいきません。 

7−5−1.自信を持って手を出す
手を出せば体罰になるかも知れないというような時には、

 生徒を指導する時には,衝動的に反射的に指導しない!
 一呼吸置いてから、三つ数えてから、相手の非を認めさせて、
言葉を選んで指導すること!
を踏まえた上で、
 自信を持って手を出す! 
(熱血先生! 勘違いしないで下さいね! 構わず手を出して良いのではありません!)
 でも、一呼吸置いて三つも数えたら、手が出ますか?
 さらにここで、相手の非を認めさせなければなりません。
 そんなことをしていたら、手はよけいでなくなるはずです。
 罰もせいぜい「正座!」とか、「校庭○周!」位で止まるはずです。

 もしそれでも手が出そうだ! と言うのはあなたが「熱血先生」タイプだからです。
 悪く言うと「短気」とか「感情的」と言うことになります。
 そんなあなたは→前にも書きましたが、自分のためにも家族のためにも「熱血先生に告ぐ!」を是非読んで下さい。
 
絶対に衝動的に反射的に手を出してはいけません!
 衝動的かつ反射的に手を出すと、殆どの場合「平手で顔面」、「足で下半身を
蹴っ飛ばす」となり、体罰と言うよりは必ず暴力になります。結果、怪我を負わせることにもなりかねません。

 その手を出す自信の根拠は、心から愛情を持って指導している。相手が非をはっきり認めている。(教師の手前認めざるを得ないという状況ではだめです、相手の目をよく見ることです)手を出すが良いか?と相手に確認を取る。自分の思いの半分程度の力で手を出す。手を出した後でもう一度相手の非を確認する。さらに、この事を保護者に自分から報告するように伝える。

 これは、文科省の体罰の定義と範囲で言うとおそらく体罰で、×(タイていバツ)ですが、、、。(^_^;)

 これで体罰だ暴力だと言って訴えられたりするようなら、そんな学校は辞めてもう少し腰の据わった校長のいる学校に移ることをお勧めします。
 (無責任で申し訳ありませんが、私は責任を負いかねます、、、)
 
 このパターン以外の手出しは,今のところ絶対にしてはいけません。自分の命取りになります!
 
 「俺は大丈夫!」などと高をくくってはいけません。とにかく文部省や教育委員会は何があっても「あなたを助けてくれません」。それどころか、責任を追及してきます。

 ところで法律は絶対的なものでしょうか?
 皆で決めた(その道の専門家が)約束事ではありませんか?
 現状に会わない法律は、改正しなければなりません。
 現に,学校教育法や学校保険法なども最近改正されています。
 懲戒についても、現状に合わないことがあれば改定しても良いのではないでしょ 
うか?
 本当はそれよりももっと大きな改革、学校制度の解体再構築が必要であると考えますが、この辺はまた後から考えましょう。

 文科省や教育委員会にしても、大事なことは何も決めずに策も与えずに、「学校裁量」「学校の独自性や自主性を尊重」とか言いながら、自分達が困りそうなことに関しては、何処までもうるさくしつこく、あれはするなこれはするな、あれをしろこれをしろと実に抽象的に言って、現場はがんじがらめになっています。

7−5−2.予防のための三つの秘訣
ここまで、体罰と虐めの予防のための秘訣(?)を三つ提示しました。

1. 生徒一人一人をよく知ること!
2. 兆候を見逃さない!
3. 自信を持って手を出す! 
一呼吸置いて、三つ数えてから、相手の非を確認して、言葉を選んで指導すること! 手を出してしまったら、自から保護者に報告するように伝えること!
(これは言い換えれば、教師が命がけで手を出すと言うことです!)

手を出すのが予防ですか?とよく言われますが、こういう手の出し方を学習
することが実は予防になるのです。子供の教育と同じで、ただダメだダメだ
と言わずに、条件を付けてすることが教育上色々な意味でプラスになります。
このマニュアルを読んだ後に命がけで手を出しても社会が認めないのなら、学校教育なんて必要ありません。それぞれの家庭で適当に教育すればいいのです。勝手にしろ!です。
自分の子供を命がけで育てているという親は沢山いますが、自分の子供を家庭の中で命がけで教育しているという親は、あるいはそう言う意識を持っている親はあまり聞きません。
親でもないのに命がけで(職を賭して)子供達の教育や指導をしている教師に、普通に考えたら親が礼を言うのが当たり前で、何か文句を言えるでしょうか? 

またまた私事ですが、初めて教員になった32才の時(10年民間で教育とは関係ない仕事をしていた)、新設から間もない県立高校で生徒指導を担当していました。  
 せっかく教師になったのですが、家族には内緒で、胸のポケットにはいつも日付を書き込むだけにした退職願い(退職届ではなく)を入れていました。

その時には、体罰についての文部省(当時)の通知など見たこともなく、内容など知りもしなかったのですが(研修会でもやった覚えはない)、先輩教師の見様見真似で一生懸命になっていたことだけは確かです。
今振り返ってみると、まさしく体罰になる様な指導をしていたにもかかわらず、運が良かったのだと言われればそれまでですが、問題にはなりませんでした。

 本来、今一番問題なのは学校教育ではなく家庭教育なのです!
 教育基本法にも以下のような規定があります。
(家庭教育)
第10条 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために 必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

さらに、懲戒の方法ですが、長時間の「正座」・「端座」はだめだというので、「胡座、あぐら」あるいは座禅の時の「結跏趺坐、けっかふざ」にすれば、長時間でも体罰にはならないと考えます。(もちろん生徒の心身的な状況にも依りますが)
胡座をかかせて、
  「眼をつぶってゆっくり反省しなさい! しっかり反省ができたら声を
かけなさい!」
 これで改まるような生徒ばかりなら教師も苦労しないのですが、、、。

7−6.懲戒の公平と教育的効果

 学校で何か問題が起こると、最初から体罰ありきで話が進められることが多いのですが、内容を吟味するとそれは躾やお仕置きの範疇であったり、訓練や指導の範疇であることも考えられます。
 短時間の肉体的苦痛を伴わない正座などは体罰には相当せず懲戒の範囲内であると言うことですが、懲戒をするからにはそれによる「教育的効果を期待しうる限りにおいて行使すべき(最判昭52・10・25)」であり、あくまでも教育的配慮の下に行われるものでなければなりません。すなわち、教育的効果のない懲戒は意味がないことになります。
 体罰ではない正座についての次の事例を読んで下さい。
〜〜〜〜〜
N先生が自分の担任クラスの5時間目の授業に行くと同時にチャイムが鳴ったが、AとBの男子生徒二人が取っ組み合いの喧嘩(それほど大げさではなかったが)をしていて、多くの生徒が自分の席に着けないでいた。すぐに止めて授業をし、放課後事情を聞くために二人を残した。研究室で事情を聞いたが、事の発端も曖昧でどちらもどちらでどちらが悪いかの判断も付きづらく、喧嘩両成敗と言うことで1時間程度二人を正座させることにした。(文部科学省の規定によれば、本人が肉体的苦痛を感じない範囲であれば,正座は体罰ではないことになっている。授業中であって廊下などに正座させる場合には、生徒の授業を受ける権利を侵害するので論外になる。)

 N先生は「教室内で喧嘩をすることが良いことか悪いことかゆっくり考えなさい!」と言って、近くで仕事をしながら二人を監督していた。
 生徒Aの家は、父親が剣道二段、母親が茶道や華道の家元をしていて、生徒Aは小さい頃からそれらを習っていて正座には慣れていたので、全くなんの痛みもなく正座をし続けていた。ところが生徒Bはあまり集中力のない所謂「軽い感じ」の生徒であった。
 30分を過ぎた頃、Bは足が痛くで我慢ができなくなっていた。

 それを見ていた教員Nはこれ以上続けると体罰になると考え、生徒Bに対して正座を解くように命じ立ち去っても良いと告げたが、生徒Aにはそのまま正座を続けさせた。

 生徒Bはそそくさとその場を立ち去ったが、去り際に教師Nに向かって見えないように「あっかんべー」をして、その後の部活の練習をサボって帰宅してしまった。

 生徒Aは、1時間経ってから「私が間違っていました。今後喧嘩をしないように、迷惑をかけないように気をつけますます! ありがとうございました!」そう言ってバレーボール部の部活動に戻った。
〜〜〜〜〜
 このような指導事例を読んで、あなたはどう感じましたか? 
何処かしっくりしないところがありませんでしたか?
*生徒Bの30分間の正座指導について言うと、Aの半分しか正座が出来なかった
にもかかわらず、どうも本人は深く反省してないし改心の兆しも感じられないと
いうことである。
*さらに、指導時間は生徒Aが1時間であったのに対して生徒Bは半分の30分しか
 正座をしていない。これは不公平ではないか?と言うことである。

 もしこの2点について、Aの保護者から説明を求められた時、あなたはどう答えますか? 考えを下の余白に書いてみて下さい!



                                    」

平成22年2月1日付け文科省通知「高等学校における生徒への懲戒の適切な運用の徹底について」
*高等学校における取組について
(1)指導の透明性・公平性を確保し、学校全体としての一貫した指導を進 
める観点から、生徒への懲戒に関する内容及び運用に関する基準につ
いて、あらかじめ明確化し、これを生徒や保護者等に周知すること。
(2)懲戒に関する基準等の適用及び具体的指導について、その運用の状況
や効果等について、絶えず点検・評価を行い、より効果的な運用の観
点から、必要な場合には、その見直しについても適宜検討すること。

 と言うことは、「指導に於いては透明性・公平性を確保しなければならない」、「指導の効果について、絶えず点検・評価して、より効果的な指導となる様に見直す事が必要」とあります。さらに、体罰はいけません。

このような、「三重苦」のような条件で、「公平で効果のある指導」をしなければならないと言うことです。そこで先ほどの事例で考えてみましょう!
*正座指導に時間的な差はあったが、①「体罰を避ける必要と生徒の身体的
状況」を鑑みて、適切な指導であった。もしかりに生徒Aの保護者から説
明を求められても①の理由を丁寧に説明することで理解してもらえる自
信がある。
*効果については、生徒Aには期待通りの効果があったが、生徒Bにはかな
り不足していると思われる。
*そこで生徒Bには、事後指導として後日担任による説諭約30分をおこな
い、きちんとした反省をするように促した。
*さらに、生徒Bをしばらくの間観察し行動が改善されているようなら、
1ヶ月後の3者面談で保護者の前で軽く褒めてあげよう。
こんな手のかかる指導をしていたら、体が持たない!
でも、仕事ですから何とか頑張ってしなければなりません!
7−7.虐めの予防
7−7−1.教師の生徒への虐めについて
 そうです、ここで問題にしているのは教師であるあなたです!
 生徒を虐める事は許されることではありませんが、結構あるのです。
 さらに、ここには詳しく書けませんが、虐めを理由にして起こる考えられないような問題も少なからずあります。(研修会でお話します)

 生徒を虐めないためには!
 虐めたくなるような原因を出来るだけ作らないことです!

1.とにかく生徒とは、必要以上に親しくならないことです。
「友達先生」は絶対に止めて下さい! 客観的判断がつかなくなります!
   えこひいきにつながり、とんでもないことに引き込まれたりします。
親しくしていたのに突然、先生から虐められたと騒がれることがあります。
   親しくしている生徒とそうでない生徒とで虐めや喧嘩があった時、
   人間ですから必ずかわいがっている生徒をよく目で見てしまいます。
   生徒も、あの先生は仲がよいから大目に見てくれるなどと思ってしまいます。
親しさのために、気が付いたら生徒を虐めていたと言うこともあります。

2. 生徒を自分と同じ年くらいに考えてはいけませんし、ガキだと思ってもいけません。どちらも腹が立つことがあります。
 俺のHRを、、、俺の授業を、あんなガキに荒らされてたまるか!
 やたらと腹を立てないように。根に持ったりしないこと!
×自分は生徒より偉い!と言う意識が、体罰につながることが多くあります。
あくまでも、監督者・指導者と生徒の関係をしっかり意識して下さい。
生徒が勉強ができない、動きが鈍いなどでイライラしてはいけません。

3. 悪いことを見逃してはいけません!
 悪いことを見つけたらきちんと指導しますが、
 常に客観的に冷静に!
客観的にそして冷静になる時のおまじないの言葉です!
こんなガキのために、俺の人生無くしてたまるか!
7−7−2.生徒同士の虐めについて
虐めの予防も本質的には体罰の予防と変わりません。
1.生徒一人一人をよく知ること!
2.兆候を見逃さない!
3.隠さない! 怖がらない! 理屈で解決しない!

40人からの生徒を受け持っていれば、いくら自分が素晴らしく完璧とも言える経験豊富な担任でも、自分の責任とは無関係な生徒同士のトラブルというのは付きものです。
これを、絶対に私の学級ではトラブルは起こさないのだ! などと毎日緊張して学級経営をしていたりすると、疲れてどうにもならなくなります。
授業担当の教師でも同じ事が言えます。

 生徒同士の虐めでは、もちろん担任が一番責任のある立場であり、目を行き届かさなければなりません。ところが、担任の前では全くそぶりを見せないのに、授業中にそのサインが見られることもあります。従って、常に授業担当者とのコミュニケーションをとる必要があります。

 部活動の延長で学級内での虐めが発生することがよくあります。
 同じ部活動でかなり仲のいい関係の生徒同士でも、「いじり」や「じゃれつき」、「いたずら」から始まって「悪ふざけ」や「嫌がらせ」へと発展して、最後は「虐め」になると言うことはよくあることです。部活動担当者とのコミュニケーションも大事です。

 そして「虐め」の段階になってしまうと、今までの友達同士の気持ちががらっと変わって、特に虐められている側は、過去から未来までも、「やっぱり!だからあいつはああだったんだ! これからもきっとこうなるんだ!」などと考え出します。そして今度は根に持ち出したり、絶望感を抱いたりもします。

 さらに困ったことには、虐めの段階に入った時、虐めている側が「虐めている」という感覚が殆ど無いと言うことが多いのです。

 虐めている生徒と虐められている生徒は、全く違った親から生まれ、違った環境で違った教育をされて育ってきましたから、感覚も考え方も皆違います。でも、これが当たり前なのです。

 虐めの指導に当たってはそれらの違いを良く理解した上で、理想を言えばその兆候が現れ始めた時に適切な指導をすればよいのですが、世の中そううまくいくものではありません。

 油断していると、突然「虐められた生徒が自殺」と言う悲報を聞くことになります。普通の教師であれば自分のクラスから自殺者を出すと,それを一生引きずることになります。同僚と酒を飲む度ごとにそのことで涙を流します。被害者の親ではないのですが、被害者の親と同じような悲しみをその教師は一生あるいは半生かかえてしまう事が多いのです。

 このような悲しい辛い話は沢山です!
 
 だからあなたは今、素晴らしい教員生活を送るために、そして生徒には素晴らしい人に育って貰うために、そう思いながら頑張ってこんなマニュアルでも読もうとしているのです!

 隠さない! 怖がらない! 理屈で解決しない!
 これはどういった意味でしょうか?

 クラスの中であるいは部活の中などで虐めがあった時、それを表に出さずに隠そうとしてはいけません。もしそのときには上手く隠し通せても、次にはもっと大きな虐めが起こります!
あまり言いたくはありませんが、管理職や教育委員会が一生懸命隠そうとすることがあります。隠蔽しようとする理由に以下のことが良く持ち出されます。

  ・被害生徒の人権と教育的配慮
・加害生徒の人権と教育的配慮
・周囲の生徒への教育的配慮
・学校や教師の責任問題になるから(校長や教育委員会の汚点になるから)

 これらの理由の中にはもっともなことも確かにありますが、これらの理由でもし虐めや生徒の教師への暴力が隠蔽されてしまったら、これから先もっともっと大きな問題として跳ね返ってくることでしょう。その様な隠蔽の話に自分が乗ってはいけません!

 虐めをする側の生徒の多くは、物質的にも社会的にも恵まれた家庭で育った子供や非常に恵まれない家庭で育った子で占められます。その親は時としてPTA会長だったり、生活に追われている主婦だったり、時には暴力団幹部の子供だったりすることもあるでしょう。だからと言って、何か自分のミスを突かれるのではないか、面倒なことになるのではないかなどと怖がったり、その結果虐めをもみ消そうなどと思ってはいけません。正々堂々と虐め問題を解決すべく自信を持って進めて下さい。あなたのその熱意は、最終的にはどんな保護者にも伝わるはずです。

 若者達の心や考え方はとても不確かなところがあります。虐めている生徒や虐められている生徒の心の中に、理屈にどうも合わないようなことがあっても、それを必要以上に追求してはいけません。理屈では分からない思いや考えや行動が,若者には時としてあるものです。

 私事ですが、高校一年生になってとても仲の良い友達がクラスに出来たのですが、6月になってある日突然何かの切っ掛けで目を合わせられなくなって全く話しをしなくなり、その後卒業までずっと話しをすることもなかったということがありました。 喧嘩をしたのでもなく、何もその原因が考えられないのです。結局自分自身いくら考えてもその原因を突き止めることが出来ませんでした。クラス替えがあったおかげで、翌年からは気にしなくなりましたが。何か考えられるとしたら、夢の中でその友達と喧嘩したということがあったかも知れません。

常識的な理屈では解決しないこともあります。

 上の三つに加えて、具体的に相談があった次のことも考えてみましょう!

1.虐められたと生徒や親から話しがあったとき(虐めとしてとらえる)
本人から詳しい事情を聞くのはもちろんであるが、加害者から事情を聞くこ
とを了解させる。生徒指導担当や学年主任とも、、
もしどうしても加害者に知られたくないなら→一人で対応しない
2. 物やお金を取られたと話しがあったとき(虐めの予兆→確認)
3.物を隠されたと話しがあったとき(虐めの予兆→確認)
4.友達から「しかと」されたと話しがあったとき(虐めの予兆→確認)
5.あの先生が「えこひいき」をすると話しがあったとき(確認)
6.部活を止めたいと言ってきたとき(結構大きな問題が潜んでいる事がある)
7.何かしらの相談を受けたとき(クラス内での孤立、虐めも視野にいれて→観察)

  ・すぐに事情を聞くなど対応すること!
・あくまでも客観的に冷静に!
  ・一人で抱え込まない! 場合によっては部活顧問や生徒指導担当や学年
主任などにも話しをする!

  虐めは根の深い問題です。それだけに一筋縄ではいきません。

 本来、虐めがどうして発生するのかそのメカニズムについて最近の研究などを理解することも予防には大切なことかも知れませんが、聞き慣れない心理学用語にわずわらされ理論的なことを学んでも、現場での対応にはすぐには役立ちません。
 
 このマニュアルはそんな教師の方々のために作られたのです。

8.部活動での<体罰と虐め>
8−1.法律上の部活動の位置

 学習指導要領(2011年4月施行)によれば、中学・高校における部活動は教育活
動ではなく、各学校の学校長が認めた課外活動です。
  したがって、生徒も教員も、部活動を行う義務や責任を持ちません。
それぞれの自由意志による誰からも強制されない自由に行われる活動です。
(小学校では『クラブ活動』を行うことが学習指導要領で示されています)
8−2.部活動の形態—本来のあるべき姿
私は、部活動は本来学校でするべきものではなく、地域のクラブチームなどによってその目的を果たすべきものだと思っていますが、現実に学校で行われていて今後も20年や30年は学校内で行わざるを得ないことだと思われるので取り上げる次第です。
諸外国を見てみると、先進国では、日本のような形式・形態の学校内部での課外活動としての部活動をしている国はあまり多くありません。地域に根付く多くのクラブチームがその受け皿になっています。

 なぜ学校で部活動をするべきではないかというと、まず第一に法的に強制されていないのですから、する必要がないということです。
それに学校の教員は本来部活動の指導をする時間的余裕などないし、学校自体も部活動をきちんと支えるだけの十分な予算も国や自治体からはもらえないのです。この辺の所も体罰と虐めに全く関係ないわけではないと思います。

 したがって、日本でも地域に根ざしたクラブチーム形式の種々の活動(スポーツだけでなく)が最も理想的だと思います。
 選択肢のあるオープンの場で、指導者もそれなりの報酬を得て、きちんとした管理がなされている集団として、武道を含めたスポーツや学芸・技芸・芸能・伝統技術などを自分の思い通りに身に付けていく事ができます。
 閉鎖された共同体ではありませんから、体罰や虐めも殆ど起こることはないでしょう。

8−3.なぜ部活動が成り立っているのか?
 それではどうして現在部活動が成り立っているのかを、高校を例にして考えてみます。
先ず教員は、殆ど無給状態で部活指導という仕事をしています。

勤務時間外指導に対する顧問(教員)への特殊勤務手当は、時給に換算すると時間外・休日出勤でも、200円から最高でも400円くらいです。高校生のアルバイト最低時給は800円前後ですから、その半分以下と言うことです。
 教員は、休日でも学校と関わる仕事を無給でするのは当たり前のような状況です。
こんな休日もないような教員の生活、これが原因で家庭不和→家庭争議→家庭崩壊となる事もあります。

学校は部活動が無くなっては色々な意味で困るので、生徒や教員に一応の対応をしています。例えば、
*日本体育・学校保健センター法による事故生徒への給付
*顧問(教員)への公務災害適用 などです。

 しかし、活動中の生徒の事故などに対する顧問(教員)の責任は普通業務どおり追求されます。

 ですから最近では、顧問をしたくないという教員が増えてきているので、学校によっては顧問が見つからない時には、生徒のためだからと言うことで、年齢順やくじ引きなどで無理矢理教員を顧問に決めることになります。
こんな時、校長や教頭などの管理職は、部活動は生徒や教員がやりたいと言うから校長が認めたのであって、管理職が顧問を決めることにまで参加することは職務上できないと言って逃げてしまいます。
外部から専門的な指導者を呼んで指導してもらうにしても、十分な予算がありません。

 全国大会で毎年優勝するくらいの実績をあげれば、顧問もかなりの見返り(役得)(色々な学校から優遇された条件で引きがある、退職後それ相応の団体に迎えられるなど)があるでしょうが、そうでなければ責任だけ持たされたタダ働きになります。
そんなひどい条件下でも、何とか自分の指導した生徒を少しでも上で勝たせてあげたいと思っている、そんな希望や夢を持っている教員(特に体育系教員)が多くいます。
以上の様に夢や希望を持った教員からくじ引きで決まった教員まで、その様な教員が顧問をし指導をすることによって、中学・高校の部活動は成り立っているのです。

 さらに言えば、器具や用具などを購入する予算の不足分は他の諸経費と一緒にPTA会費という名目で集められます。
すなわち生徒もタダで部活動に参加しているのではありません。
それなら、専門家や有名な選手や指導者がいる地域のクラブチームの方がよっぽど良いでしょう。
 また、それでも足りないときには、部費という名目で集めることもあります。

8−4.部活内部の体罰と予防
 一般教育活動中(授業中、校内生活中)の体罰は昔に比べてかなり減少していますが、部活動中の体罰はなかなか減る傾向にならないのはなぜでしょうか?
前述したような悪条件で見返りさえない部活指導を、教員は一体何のために、時には身銭を切ってまで、一生懸命になって続けているのでしょうか?
 おそらく半分くらいの教員は仕方なく、ということだと思います。
そして残りの半分くらいは、自分の目標や夢①「自分の経験と多くの犠牲を払って培った指導力で生徒を勝たせ、自分の指導力を認めてもらう!」②「出来るだけ多くの試合に勝って、素晴らしい思い出を持って生徒に卒業して欲しい!」というようなことだと思います。まさに、熱血教師的な顧問です。
正月三が日以外は休んだことがないという超熱血顧問もいます。
どちらかというと消極的な顧問(仕方なくやっている)は、問題が起こらないように怪我がないように部活動を見ています。技術指導も出来ないことが多いですから、とにかくそばで見ているだけになります。この状態では、顧問の性格がよほど悪くない限り体罰は殆ど起きません。しかし、部員同士の虐めはその分増えるかも知れません。
 熱血教師の多くは自分自身の過去の体験と経験を持っています。自分もこのくらい出来たからこれくらいは大丈夫だろうという先入観もあるかも知れません。(体罰の芽になる経験主義)
 そして、熱血教師的な顧問は必ず目標や夢を持っています。①の様な夢や目標を持っている教師の中には、自分の希望や夢を実現させるために、生徒をその夢の道具であると錯覚しまうこともあるかも知れません。チームに強くなって欲しいが為に、かなりきつい練習や厳しい指導を取り入れることがあるかも知れません。
 きつい練習がさらにきつくなり、指導もさらに厳しくなり、中には精神的にも肉体的にも限度を感じる生徒も出てくるでしょう。それでもついて行けるだけの体力と気力を持っていれば、十分に体力増強や精神力アップにつながり、厳しい練習の効果があったと言うことになります。本人も達成感や充実感を持つことができて自信も生まれるでしょう。
 でも、途中で何らかの形で体力的にも精神的にもついて行けなくなったり、指導教員の思った通りに体が動かなかったりする生徒がでてくるということは、指導教員の夢をむしばんでいくことになります。
 そして、「みんな出来るのに、なんでおまえは出来ないんだ!」「上手く出来ないのは、部長のおまえの責任だ!」「こんな事で勝てると思っているのか! 明日からもっと厳しい練習だ!」などなどとなってしまうのでしょう。その様な状況が指導顧問による体罰へとつながっていきます。
 このような体罰を防ぐには、部員の個々の体力や精神力を考慮した練習メニューが必要です。生徒一人一人をよく知ることです。言い換えれば、生徒の個人データがあるかないかなのです。
 しかし、この個人の肉体的精神的限界を知っても、その限界を何とかして超えなければ熱血先生の夢は叶いません。精神的限界を突破させて、さらに厳しい練習をさせることによって肉体的限界に近づくことができ、それによって肉体的限界がさらに上がっていくのです。 

運動負荷の限界基準は、急激な疲労で横たわっても
自力で1分以内に座れ
3分以内に立ち上がれて
  5分以内に回復して歩ける
というのが目安だそうです。
なお、適切な強化練習終了後には、2週間以内に必ず効果が現れるそうです。

このような指導では、あらかじめ自分の指導方針や方法を生徒に伝えておくと良いでしょう。生徒も顧問の指導や考え方が理解できれば、精神的な限界に達した時にもう少し我慢が出来るかも知れません。このような繰り返しによって、体力と精神力そして技術が身について、顧問や生徒自身の夢に少しずつ近づいていきます。

 さらにもう一言いうと、その競技が好きであってもきちんとした指導法を学んでいない所謂アマチュア指導者は、表面的な技術レベルを上げることだけを優先してしまい、その結果勝ち負けにこだわり、目先の事ばかり追いかけて、結果無意味な練習を選手に課すことで、逆に上達に時間が掛かったり、ケガにつながってしまうことが多くあると言われています。このような状況下でも体罰が起こる可能性がありますので、十分気をつけて欲しいと思います。この場合の原因は「アマチュア指導者なのにアマチュアと言われたくない」という一種のエゴから来ています。
 なお、生徒の持病については特に注意を払う必要があります!

 スポーツ集団内の体罰について、プロ野球の桑田真澄は最近の体罰事件に絡んだインタビューの中で「絶対に仕返しをされないという上下関係の構図で起きる体罰はひきょうで、指導者が怠けている証拠だ」と言っています。また旧弊な指導法についても触れ「スポーツ医学も、道具も、戦術も進化し、指導者だけが立ち遅れている」と指摘し、さらに「体罰は指導者の勉強不足による、いちばん安易な指導方法で、チームや選手は本当の意味では決して強くならない」と言っています。
 桑田、清原の卒業後、PL学園では先輩部員の「いじめ」だったとされる野球部員の死亡事故を起こしているし、桑田自身も現役選手時代に暴力事件を起こしているし、暴力を振るった過去も持っています。
 したがって、一流選手の重みのある発言だとは思いますが、なにか釈然としないものも感じます。是非桑田には一度監督をやってもらいたいと思います!
 桑田によれば、指導者がきちんと勉強すれば体罰はなくなるということでしょうが、指導者の勉強だけでは決して無くなることはないと思います。仮にスポーツでの体罰が無くなったとしても、まだ他にも色々な体罰があります。

 勝ち負けがあるスポーツや競技、勝ち進んで全国はたまた世界大会などという競技種目がある限り、体罰が全く無くなることはないかも知れません。
競技や勝ち進むと言ったことを無くして、どんな競技でも初歩のママさんバレーのような感じで楽しむだけ、そうすればスポーツにしても他種目にしても体罰は殆ど無くなると思います。
 この事を踏まえて、部活顧問は指導についてもう一度考えて欲しいと思います。

 顧問が「勝つんだ!」とか「勝たせてあげたい!」と思うより、生徒が自分達で「勝ちたい!」と念願し自ら努力することが最も大事なことです!

8−5.部活内の虐めと予防
 部活の虐めは、クラス内での複雑な虐めと違って、どちらかというと暴力・体罰的な単純なケースが比較的多いようです。しかし、それぞれの生徒の状況によっては一概にそうとも言えませんので、幅広い注意が必要です。

 やはり虐め予防に有効なのは、次の様な方法です。
①生徒の個人データを踏まえた上で
 *部員の身体機能と能力、性格、部活の経歴、友人関係、成績、家庭環境など
②人間関係を含めた部活動中の生徒の観察と情報収集
 *練習中の体力的状態(余裕がある、まあまあ、かなりきつそう、無理そう)
 *練習中の人間関係と態度(先輩-同級生-後輩関係、会話相手、気になる態度)
 *情報はマネージャーなどからも収集する(変わったこと、困ったことはないか?)
③虐めの芽を摘む指導
*練習が「白けた」ような状況になったら、少し様子を見て戻らないよう
なら練習をストップしてでも対応する必要がある。白けた練習になった 
時には必ず、頭に来ている生徒、かっかしている生徒、ふてくされてい
る生徒、全く練習について来られない生徒等がいるはずである。すぐに
その原因を上手に排除するか、生徒達に考えさせる必要がある。
  どう見ても白けたような練習が続くと、そこから間違いなく虐め問題へ
と発展する。
 *部室が虐めの巣窟・温床になる事が良くある。定期的に部室を見回るこ
とも必要である。
 *部活の伝統となっているようなパフォーマンスや行事、盛り上がり方な
どは、ともすると虐めの切っ掛けになる事があるので、顧問になった時
点で、あるいは気が付いた時点で詳しく内容を吟味し、しかるべき予防
策を講ずる必要がある。
④話しやすく相談しやすい環境作り
*生徒の練習を見ていると、歯がゆくて見ていられない、何やってんだ!
  と思いながら練習を見ているあなたの姿は、「怖い顔をして、顔をゆが
めて」います。あるいは、こんな奴らに付き合っていられるか!とば
かりに、その場を去ってしまう。これでは生徒は怖がって、何も言わな
いし何も相談してはきません。
友達先生では困りますが、生徒が気さくに話しをしたり相談をぶつけた
りしてくれる、そんな指導者になるように色々な方法を考えて努力して
みて下さい。
⑤練習方法や指導方法についての研究
 *素人の部活顧問が一番困るのは、その部活の専門的な技術や練習方法な
どの指導です。生徒が持っている技術の半分も知らないと言うことでは、
生徒に馬鹿にされてしまいます。やはり顧問となった以上少しは勉強しましょう。
でも、中途半端はいけません。中途半端で偉そうなことを言っても、
生徒はちゃんと見抜いています。偉そうなこと言うんじゃねえよ!と、
やり場のない気持ちから陰で虐めをしたりすることになります。 
*高度な技術と知識を持った顧問の場合は、上の逆のことが言えます。
  生徒にガンガン指導しますから、生徒の中にはストレスをかかえてその
発散の場として虐めをすると言うことも起こります。ガンガン指導は
色々と考えた上で行って下さい。 
⑥生徒の自主性の尊重
 *自分の体験主義から、技術は勿論のこと生活態度や礼儀や何から何まで細かく
強権的に指導しては、生徒は気の休まる暇もなく気持ちがどんどん萎縮してし
まい、ストレスを生むことになります。このストレスが、虐めを生み出す元に
なるのです。
*出来るだけ生徒の自主性を尊重し、優しく見守るような姿勢で、ここぞと言う
ときにきちんとはっきりと的確に指導をすることが肝心です。
 *なかなか思ったような成果が出せないときには、まず生徒達だけで話し合いを
させるということも、良い結果につながる事が多いです。
9.体罰・虐めに対する事後指導(フォロー)
9−1.発生時の対応
 *体罰や虐め(ふざけのこともある)で怪我人などが発生した時には、まず常識
的に怪我人の対応(保健室へ運ぶ、救急車を呼ぶなど)をしてから、保護者と
管理職に連絡することは言うまでもありません。 
 *多くの体罰や虐めは、被害者本人からの申し出、被害者の保護者からの連絡、
クラス内などの第3者生徒からの報告、教師による目撃などから発覚すること
が多く、その場合には関係部署に連絡を取り、速やかに加害者・被害者から事
  を聴取して事実確認に努め対応を図る事が必要です。
*軽く見たり半信半疑や思い込みで対応せずに、最初からきちんと適正に対応する
ように。 
 *重大な事件・事故と判断されたときには、(管理職を通して)警察等に連絡
する。(この対応については校内でマニュアル化しておく必要がある)

9−2.事後指導
 *加害者に対して、指導措置による適正な指導を行う。
 *必要に応じて、担任、当該教員もしくは関係教員と管理職は被害者及び保護者
の家庭に出向き謝罪をする。
 *場合によっては、全校集会・保護者会などで事情説明などをする。
  その際には、あらかじめ十分検討協議された、しかも誰もが納得できるような
「二度と起こさないという未然防止のための具体的対策と決意」について
説明する。
なお、集会などの説明に当たっては、事前に被害生徒及び保護者の了解
を取っておき、生徒のプライバシーにについて配慮する。
 *被害者の精神的ケアについても養護教諭とも連絡を取り合い十分な対策を立
て、きちんとその効果を定期的に評価すること。
場合によっては、専門的なカウンセラーなどにも相談する必要がある。
10.虐められない知恵
 始めにも書きましたが虐めはなくなることはありません。いくら虐めを無くす努力をしても無くならないのです。
虐め対策として、虐めを起こさない為の虐め予防教育が必要であることは言うまでもありませんが、その一方で、「虐められない、虐めに遭わない」ことも考える必要があると思います。
 そもそも、虐めは悪いことでありしてはいけないことであるから、虐めが無くなれば虐められない方法など考える必要はないと思ってしまうのですが、そうではないのです。
 犯罪は悪いことで無くさなければなりませんが、無くなりません。ですから、無くすための努力もしているし、防犯対策と言うことも考えるわけです。

 今の世の中、虐めから自殺にまで発展する時代です。虐められない知恵を少しでも身につけていて、もしそれが少しでも役に立てばそれに越したことはありません。
 虐めによる自殺者が少しでも減ることを願っています。

10−1.地域教育 — ガキ大将教育
 私が小さい頃は何処の地域でも「ガキ大将」がいて、近所の子供達(地域にもよるかも知れませんが私の経験では小学生で、中学生はもう大人だという感じでした)を束ねていました。何をするにも、大将が認めなければ出来ません。大将のきげんに触ると、時には大将の鉄拳が飛んできて鼻血を出す子供もいました。ガキ同士の喧嘩では、すぐに止めずに、これ以上やらせるとどちらかが親に説明できない怪我をするかも知れないというような時に、大将が仲裁に入ります。
 物のない時代でしたが、貴重な親から貰ったお菓子などを皆が大将に貢いだりしていたような気がします。
 
その中で、子供ながらに人との上手な付き合い方や、喧嘩の仕方(限度)、弱い者の虐め方(限度)、バランス感覚までも学習していたように思います。
 手下があまりひどい怪我をして帰ると、親が大将の家に怒鳴り込んできますから、その辺の限度というものもわきまえていました。

この当時はテレビもなく、どこの家庭も貧乏で親は忙しかった時代、ガキ大将の中で育った人が多くいました。そして、多少はぶたれたり虐められたりしたけれど、その後の人生にとても役に立つ経験だったという人が結構多くいます。

 さらにこのガキ大将制度と平行して、「隣のおじさん・おばさん」教育がありました。
柿泥棒をして見つかると、怖いおじさんが出て来てきちんと叱ってくれましたし、ボールが窓に当たりガラスを壊した時も、思いきり叱られました。叱られた後、結構すっきりした気分で「ごめんなさい」と謝って、また遊んだものです。
今の時代なら、同じ場所で二度と遊ぶ気にもなれませんし、何もしなくてもただ遊んでいるだけで怒鳴られるかも知れません。(叱られるのと、怒鳴られるのは少し違います) それに、今は直ぐに弁償だとか、親を連れてこいだとか....子供として認めていないのです。子供は自分でした悪さを、自分で処理できたのです。このことは、子供の気持ちとして、とても大事なことだと思います。
いつでもどこでも、近所のおじさんやおばさんが子供達に声をかけてくれました。「危ないことしちゃダメだよ」「もう暗いから帰りな」「弱い者いじめんじゃないよ」、、、、。

 このような地域教育の中で育つと、虐められない知恵もつくものですが、ガキ大将などない今の少子化社会では、自分で見つけなければなりません。

10−2.虐める側と虐められる側

 虐める側と虐められる側に何か特徴的な要因があるのだろうか?
虐めの形態も時代と共に変化してきていて、ロシアンルーレット現象など「日替わり虐めっ子&虐められっ子」現象という事もあるが、大まかにとらえてみるとまだまだ傾向があるようだ。

10−2−1 虐める側
虐めはそもそも虐める側に大きな問題が先ずあります。
俗に言う「いじめっ子」がターゲットを虐める要因としては、以下のようなことがあげられます。
*過去にいじめられた経験がある。
 殆どの虐め加害者が過去に虐めに遭っていたという結果があります。
*何でも自分の思い通りにしたいという性格。
 要するに我が儘なのです。 
*思い通りにならないと、ストレスを生じその憂さ晴らしがしたくなる。 
*劣等感を持っている。 
*グループの中で虐めを強要されている。
*性格上の問題や家庭の問題などから来るストレス
10−2−2.虐められる側
 虐められる側になる、俗に言う「虐められっ子」になる要因は一口に「虐めやすい」「弱そうだ」ということです。
下のような要因があっても、相手が体力的に精神的に強いと虐められません。

*身体が小さい
*動作が鈍い
*汚い
*友だちがいない
*おとなしい
*何をされても言い返せない
等々、細かく上げるときりがありませんが。
10−3.虐められない知恵
 と言うことは、10−2−2に上げた虐められる要因を無くすことが一番手っ取り早いですね。でも、体を大きくすることは出来ませんが。
 強いからだと強い精神力を持てば虐められにくいようです。
日本古来の武道やボクシング、レスリングなどを身につけることでしょう!
その1.武道などを身につける!
武道などをやれば、自ずと機敏な動作も身につき、友達も出来、身だしなみや礼儀なども出来るようになります。さらに正義感が芽生え、きちんと物事に対応できはっきりものが言えるるようになります。これで上に上げた殆どの項目がクリアーされますから、もう虐められる事はないでしょう。
 女子生徒も同じ事が言えます。

 保護者が、自分の子供が小さいときから道場などで習わさせると良いと思います。また、虐めに気が付いた時点から初めても遅くはありません。
 ただし、武道などを身につけたからと言って、威張り腐ったり、偉ぶったりしたのでは、自分が虐めっ子になったり、大きな集団からの虐められっ子の対象になってしまいますから注意が必要です。
その2.友達を沢山作る!
 友達がいないとターゲットにされます。転校してきたばかりの生徒がターゲットにされ安いのはこのためです。転校したばかりの生徒がいたら「すぐにお友達になってあげて下さい!」そう生徒に言って下さい。その行為が虐め予防につながることがあります。

 友達が多ければ、虐める側との接点が沢山できますから、虐める側もちょっとは遠慮することになります。例えば、虐める側の仲の良い友達の友達だから虐めのターゲットから外されるというようなことです。
その3.身だしなみ!
 当たり前のことですが、清潔でごく普通の身だしなみを心がけましょう!
 これで虐められにくく出来るというなら、一挙両得です。
その4.騒ぐ!
 逃げるが勝ちとよく言いますが、ただ逃げていては必ずつかまってひどい目に合います。 
逃げずに騒ぐ。ちょっと勇気がいりますが、勇気がいるからこれは効果があるのです。登下校の途中とか、学校内のトイレや廊下など、生徒が沢山いるところ等で騒げば、虐める方もちょっと困ってしまいますね。あいつは騒ぎ立てるから面倒だ、と言うことでその後はいじめの対象から外れることになります。
 でも、人気のないところではこの方法は使えません! かえってぼこぼこにされるかも知れません。人気のないところに連れて行かれる前に、騒ぐという方法を勇気を持って考えてみて下さい。

その5.勉強ができる! 特殊なことが出来る!
 虐める側が一目を於くくらい、勉強が出来たり、頭が良かったり、特殊な能力を持っていたり、、、こんなことでも、虐めは少なくなります。これなら頑張れば誰にも出来そうなことですね。
*もしあなたが虐められなくなっても、その代わりに誰かが虐められる事になるのというのが、今の社会の宿命のようですが、、。
「虐めのモグラ叩き」というのは悲しいことです!

11.資料など
11−1.言葉の違い・年齢による呼称 
 あくまでも、おおよその違いや年齢を記した。年齢については、法律によって適応年齢が全くちがったりします。詳しくは専門書やそれぞれの法律を参考にして下さい。
教師  ①学校などで、学業・技芸を教える人 ②宗教上の教化を行う人
学校の内外を問わず、教え導く人

教諭  教育職員免許法による普通免許状を有する、小・中・高等学校、幼稚園、
養護・聾(ろう)・盲学校の正教員
教員 学校で児童・生徒・学生を教育する職務についている人、校長は含まない。
    教授・助教授・助手・教諭・助教諭・養護教諭・講師、非常勤講師、
実習助手など
先生  政治家・医師・弁護士・作家・教員などに対して習慣的に使用される敬称
教官  ①国立の学校・研究所などで教育・研究に携わる人 
②私立大学や技術を教える学校の教員 ③旧陸海軍の学校の教職 
④旧制の学校で教練を担当した軍人
教授   高等教育機関の教員のうち最上位の職階、教員免許状を要しない
教職員  教員と職員

告訴  捜査機関に犯罪事実を申告して処罰を求める意思表示。意思表示の主体が
被害者や被害者と関係のある者(法定代理人や相続人など)である場合。
告発  捜査機関に犯罪事実を申告して処罰を求める意思表示。意思表示の主体が
告訴権者及び犯人以外の第三者である場合。
摘発  悪事をあばいて公表すること。逮捕・捜索→記者会見という一連の行為を、  
マスコミ用語で摘発という。法律用語ではない。
送検  被疑者(犯人)の身柄と書類や証拠などを検察官に送ること。逮捕後48時
間以内に行う必要がある。身柄を送らず書類や証拠などだけを検察官に送
る場合が書類送検。
提訴  訴えを提起すること。民事訴訟では「起訴」刑事訴訟では「公訴」。
    (検察官は「公判請求」ということがある)
訴訟  紛争の当事者以外の第三者を関与させその判断を仰ぐことで紛争
を解決すること。またはそのための手続。


指導  教え導くこと。
    学校での指導には、学習指導(教科指導・教科外指導)、
    生活指導(生徒指導)、進路指導、部活動指導などがある。
措置  生徒の問題行動に対する反省指導であり懲戒に相当するが、
法的効果を伴わない
処分  懲戒処分の一つで、法的効果を持つ(退学処分、停学処分、訓告)
懲戒  不当行為に対して反省し改めることを目的とした指導
(処分-退学・停学・訓告、措置-出席停止・謹慎・注意)
訓告  公務員の非違に対する上司の指導監督措置の一種。懲戒処分のよう   
な法的効果を有しない。
訓戒  懲戒処分までには至らない軽微な規律違反に対しての処分。
戒告  公務員の職務上の義務違反に対する懲戒処分の一種
勧告  ある行動をとるように説きすすめること。自主退学勧告
注意  悪い行いが再発しないように気をつけるよう指導すること。
    校長厳重注意、
説諭  悪い行いを改めるよう言い聞かせること。担任説諭、学年主任説諭

嬰児       生まれて間もない
新生児      生後1ヶ月内
乳児       1歳未満
赤子(赤ん坊)  新生児と乳児     
幼児       ①1歳〜6歳 ②6歳未満
児童  ①学齢児童6歳〜13歳→小学生年齢 ②4歳〜12歳 ③18歳未満
④20歳未満 ⑤6歳〜18歳
学童      6歳〜12歳(小学生)
生徒       小中高の生徒(6歳〜18歳)
学生       高専・大學・大学院の学生(18歳〜、一部15歳〜)
子供       18歳未満
年少者      18歳未満
少年(少女)   ①12歳〜18歳 ②6歳〜18歳 ③20歳未満
青年    ①中卒〜20代後半 ②20歳〜39歳
青少年      ①15歳〜20歳前半 ②18歳未満 ③12歳〜20歳
勤労青少年    30歳未満
未成年      20歳未満
成人     成人年齢:20歳  (多くの国では18歳)
大人 一般的には20歳以上、定義は個人によっていろいろ(年齢以外の要素)
成年    20歳以上
中年       40歳〜50歳
壮年       40歳〜64歳
初老       60歳〜65歳
老人       65歳〜
中高年      45歳〜65歳
高齢者(高年齢者、年寄り) ①65歳〜 ②55歳〜
熟年        50歳〜60歳
幼年期       0歳〜5歳
少年期       6歳〜14歳
青年期       ①15歳〜24歳  ②16歳〜39歳
壮年期       25歳〜55歳
中年期       45歳〜64歳
高年期       65歳〜
幼小児期      1歳~7歳
思春期 ①第2次性徴開始から10代後半くらいまで 8歳~18歳
   ②10歳〜19歳(WHO)  
性成熟期      19~41歳
更年期  平均47歳ごろから始まる閉経期を中心とする前後数年間(女性)
     42~56歳
老年期 57歳~


11−2.順位制 - ニワトリのつつき行動における順位制
 例えば十羽の鶏を一つの狭い囲いの中で飼ったとすると、必ずそのうちの一羽が、他の個体にいじめられるのである。9羽のニワトリにつつかれ、とさかには血がにじみ頭や首の毛はむしりとられる。水を飲んだり餌を摂ったりする時も、いつも他の個体の動きに気を配りながらすきをみては餌や水を摂ろうとするのだが、それも他の個体が満腹して餌箱を離れてからでないと餌箱に辿りつくことはできないのである。(エッぺ、1913年)
 しかし、可哀想なその一羽を群から取り除くと、残りの九羽の中の一羽が必ずまた皆からつつかれてしまうのである。これを順位制と言うが、同じニワトリの個体群を広大な土地に放し飼いにすれば状況は一変し、つつきの順位制は見られなくなる。
このような順位制は色々な動物集団(特に鳥類や哺乳類)で見られるが、集団が置かれる空間が狭ければ狭いほど、個体間のストレスも高まり激しい行動が多くなる。

 人間の集団もこのニワトリの例と同じように、狭い空間に多数の個体を押し込む(学校のクラスなど) ことによって、そのストレスから虐めが起こるという研究がある。

11−3.常識的な行動が法律違反

今から35年ほど前、東京校外の東村山駅から徒歩15分ほどのアパートの二階に小さな子供3人と5人家族で暮らしていた。一階は大家さんの農器具の倉庫になっていて、2階2世帯だけのアパートだった。
会社勤めをしながら30過ぎで受けた教員採用試験に何とかパスして、来年はほぼ間違いなく教員になれるという12月の始め頃、そろそろ引っ越しもあるから荷物を整理しながらいらないものをアパートの前で燃やすことにした。そこは大家さんがいつも色々な物を燃やしている場所だから、何のためらいもなくたき火をしたのだが、少し薄暗くなり始めた夕方近くになって、近所の小学校低学年の子供Aとその友達2人がたき火の所に来て、たき火にあったっていた。
 家内から近所でも悪戯で有名な子供達だと聞いて、火遊びをしないようにそして火に気をつけるように注意はしたのだが、ちょっとと目を離した隙に、案の定側にあった枯れ木を火に突っ込んで3人が3人とも火の粉をお互いに浴びせかけるような悪戯をし出していたらしい。
 そんなこととは全く知らずにいると、夜遅くなってからAの親がやってきて、子供がお宅のたき火で顔を火傷したので訴訟を起こすからそのつもりでいてくれと言う。
 びくりして事情を聞いたところ、火遊びの悪戯をしていたある子供の棒の先にビニールの燃えかすが着いて、それがAの頬に飛んで張り付いたようになり、かなりひどい火傷を頬に負ったと言うことだった。
 その時には何で私が訴えられなければならないのか、とても理解しがたかったが、消防署に聞いてみると、東京都の条例でさほど住宅が密集していない東村山市でもたき火は原則禁止となっているという。たき火をして怪我人が出たのなら、たき火をしたことと監督不行届で法律に触れるというのであった。
 大家さんは1週間に1回程度たき火をしていたから、そんなことはまったく思いも寄らないことであった。
 色々と対応して、夕方近くに小学校低学年の子供を家の外に出しておいたなど、先方の子供の保護が十分であったことなどを過失相殺して、結局冬のボーナスを根こそぎ取られるという示談で決着した。
 何事も起こらなければ全く何も無いが、一度何か起こると全ては法律で判断される。あのとき、子供達を怒鳴りつけてでも追い帰せば、正月の餅にありつけたのにと、本当にがっかりしたし、家族に申し訳無いと言う思いをした経験であった。
 自分では全く常識的に行動し、自分には非はなかったとその時には思ったのだったが、、、。
 法律を知らないと馬鹿を見るし、優しく対応すると馬鹿を見る!
 世の中常識では生きていけないこともある!
 
11−4.自殺予防教育

 虐めでは、大津市の例のように虐められた生徒が最終的に自殺するケースが多く見られるが、アメリカを含めた諸外国では虐めから自殺になるケースは殆ど無い。

最近の統計によると日本における年間の自殺件数は3万人を超えているという。その中では中高年の自殺が最も多く半数以上を占める。また、青少年の自殺件数は少なく2%程で、さらに、児童生徒の自殺は年間0.5%(およそ150件)程度、虐めによる自殺となると0.1%にも満たない。
 虐めによる自殺は起こったときは大きな問題としてマスコミにも取れ上げられるが、しばらくすると忘れ去られてしまうことが多い。
 こと自殺予防に関しては、自殺者数が多いから対策を立て、数が少ないから対策は立てなくても良いと言う理論は成り立たない。
 青少年の自殺予防教育は、強いては中高年の自殺予防へとつながっていくはずだ。
 ここでは、児童生徒を中心に自殺予防教育を考えてみたい。
  日本における自殺予防教育は、最近になってやっとアメリカの例を参考にしながら始まったばかりであり、早急な対策が求められている。
 2011年8月、文科省は子供の自殺を食い止めようと、小中高校に自殺予防教育を導入する方針を決めた。先進的な米国の教育を参考に、授業にどう取り入れるかを近く設置する専門家会議で論議する。ストレスとの向き合い方や、悩みを一人で抱えない対処法を学ぶことを想定し、2013年度にもモデル校を選ぶとしている。
 アメリカで行われている自殺予防教育について、取り上げてみたい。 
A.自殺予防の3段階
自殺予防と一口に言っても、様々な段階の対策からなる。
すなわち、①危機的な状況になる前に対策を立てる、②今まさに起きつつある危険な状態に働きかける、③不幸にして自殺が起きてしまった際には遺された人々のケアにあたるとい った段階である。これを専門用語では次のように呼ぶ。
1 プリベンション(prevention:未然防止)
2 インターベンション(intervention:危機対応)
3 ポストベンション(postvention:事後対応)
プリベンション(未然対応)とは、現時点でただちに危険が迫っているわけではないが、 その原因などを事前に取り除いて、自殺が起きるのを予防することを指す。自殺予防教育な ども広い意味でのプリベンションに含まれる。
インターベンション(危機対応)とは、今まさに起こりつつある自殺の危険を早期に発見 して、自殺が生じるのを防ごうとすることである。
ポストベンション(事後対応)とは、不幸にして自殺が生じてしまった場合に、他の人々 に及ぼす心理的影響を可能な限り少なくするためのケア全般を意味している。

メディカルモデル(medical model)とコミュニティモデル(community model)という概念も 重要である。世界保健機関(WHO)が実施した多国間共同調査によると、自殺してしまった人 の大多数(9割以上)が最後の行動に及ぶ前に何らかのこころの病にかかっていたことが明らかにされている。
1自殺未遂歴          5喪失体験 9虐待
2こころの病          6事故傾性 10その他
3サポートの不足         7性格傾向
4いじめ等の悩み 8他者の死の影響

*自殺の直前のサイン
①突然の態度の変化
• これまで関心のあった事柄に対して興味を失う。 • 友人との交際をやめて、引きこもりがちになる。 • 注意を集中していられない。 • いつもなら楽にできていた課題が達成できない。 • 学校の成績が急に落ちる。• 学校に通わなくなる。 • 不安やイライラが増し、落ち着きがなくなる。 • 気分が変わりやすくなる。 • 投げ遣りな態度が目立つ。 • (幼い子どもの場合)自分より幼い子どもや動物を虐待する。 • 身だしなみを気にしなくなる。 • 健康や自己管理がおろそかになる。 • 不眠、食欲不振、体重減少をはじめとして、様々な身体の不調を訴える。 • (高校生くらいの年代では、時に)アルコールや薬物の乱用が目立つ。 • (高校生くらいの年代では、時に)ギャンブルに大金を注ぎ込む、乱れた性行動を
始める。
②自殺をほのめかす
「遠くに行ってしまいたい」「すっかり疲れてしまった」「誰も自分のことを知らない 所に行きたい」「夜眠ったら、もう二度と目が覚めなければいい」などと言って、自殺 をほのめかすことがある。もちろん、はっきりと言葉に出して「死にたい」と言う場 合は非常に危険である。自殺にとらわれ、自殺についての文章を書いたり、自殺につ いての絵を描くことが自殺のサインであることもある。また、自殺する場所をあらか じめ下見したりすることで自殺をほのめかす場合もある。
③別れの用意をする
大切な持ち物を友人にあげてしまったり、日記や手紙、写真を処分したり、借りて いた物を返すなどということが、自殺の前に認められることもある。長いこと会って いなかった知人に突然会いに行くことなどもある。
④非常に危険な行為に及ぶ
ある時を境に、子どもが事故を繰り返したり、非常に危険な行為に及ぶようになっ た場合は注意する必要がある。潜在的な自殺願望を本人自身も自覚していない場合が しばしばあるので、本人が自殺を否定したからといって、危険がないとはただちに判 断できない。
⑤実際に自傷行為に及ぶ
たとえ、手首を浅く切る、薬を数錠服用するといった、実際に死ぬ危険がそれほど 高くないと考えられる自傷行為についても、軽視しないで真剣に受け止める。この段 階にまで至ると、自殺の危険はかなり緊急度を帯びてきているので、医療機関への受 診同行を考える。
以上のサインの一つひとつを見ると、子どもであればそれほど珍しいことではないと考えるかもしれない。しかし、総合的に判断することが重要であって、その上で自殺の危険が強く疑われるならば、ただちに専門家の意見を求めるようにすべきである。

B.学校における自殺予防活動
*自殺予防教育:米国カリフォルニア州の高校の実践例
 
 米国の自殺率は、長期にわたり人口10万人あたり10前後と安定して推移してきた。ところが、全人口の自殺率が比較的安定しているのとは対照的に、若者の自殺率は1950年代と比較して、1980年代には約3倍の上昇を示した(1990年代になってこの傾向には歯止めがかかっ た)。15歳から24歳までの年齢層では、事故に続いて第2位の死因が自殺であり、毎年全米でこの年齢層の 5,000人が自殺している。
 高校生の6割がこれまでに「自殺を考えたことがある」という調査結果があり、「死にた い」という気持ちを誰に伝えるかという質問には、8割から9割の高校生が「同級生の友人」と答えた。自殺に対するタブーから、自殺の危険が高い子ども自身や、相談を持ちかけられ た同世代の友人が、危機をどう扱ってよいかわからず、さらに事態を困難なものにしてしま うという悪循環を引き起こしている。このような現実を背景として、子どもの自殺を予防するには、学校において子ども自身を対象とした自殺予防教育をしなければならないという発想が出てきた。
具体的には、自殺予防教育は以下の主な3本の柱からなる。
1 教師を対象とした教育
 子どもは一日の多くの時間を学校で過ごしている。したがって、子どもの日常行動の変化に最初に気付く、責任ある大人は教師であることが多い。子どもが抱える自殺の危険を早期の段階で発見し、適切な予防手段を講ずるという点で、教師の果たす役割は大きい。 自殺が生じかねない危機的状況ばかりでなく、子どもの心性やその年代特有のこころの病についても教師は正しい知識を持つ必要がある。また、教師が精神保健について正しい知識を持つことは、子どものためばかりでなく、長期的視野に立つと、教師自身のこころの健康のためにも重要である。
 教師が自殺予防について正しい知識を持つために、定期的に精神保健の専門家と会合を 開くことが勧められている。危機が生じる前に、専門家と教師の間に良好な信頼関係を成 立させておくことが重要である。後に子どもの自殺の危険を実際に発見した時に、すぐに専門家に相談できるという関係を打ち立てておく。
具体的には、次のような点について討議を進め、質問の時間も十分に設ける。
a) 子どもの自殺の問題点 b) 現代社会で子どもが直面しているストレス c) 自殺の危険を示すサイン d) 自殺の危険が高い子どもに対する援助の方法 e) 地域にある自殺予防の関係機関 f) 自殺予防に関する学校の方針
 また、少人数のグループに別れて、こころの病、死、自殺などに対する、教師自身の意 見を交換する場を準備する。誰にでも死に対する「無意識の抑圧」がある。これを十分に 意識化していないと、子どもが自殺のサインを発していても、教師が否認したり、軽視し たり、自らの道徳的な考えを押しつけたりする結果になりかねない。まず、教師自身が死に対する自分の考えを明確に持っておく必要がある。
 そして、必ずシミュレーションも実施する。ある子どもに自殺の危険が高まり、教師がそれを発見した場合を想定する。その子どものこころを傷つけずに、さらに情報を収集するためにどのように質問を深めていくか、実際に自殺の危険度はどのくらいか、事態の深刻さをどのように親に説明するか、専門の治療をどのように導入するかといった問題を検討し、講師から適切な対応について助言を受ける。また、専門の治療が必要と判断された場合に、子どもを紹介する先まで具体的に関係機関を一覧にしてみる。あらかじめ、協力を得られる臨床心理士や精神科医を特定できるようにしておくことが強く勧められている。
 実際には、子どもが自殺を図ったときに、大慌てで医療機関を探し始めるのが通例であるが、そこで失われる数時間の持つ意味は、物理的にも心理的にも非常に大きい。精神保健の専門家と日頃から十分な連絡が取れていることだけでも、教師にとって心理的な余裕 となる。
2 親を対象とした教育
 教師と同様に、あるいはそれ以上に自殺予防に大きな役割を果たすのが、子どもの親である。親への働きかけを抜きにしては、子どもの自殺予防は十分な効果を期待できない。 親自身も最近の子どもの言動の変化にうすうす気付いていたとしても、具体的にどのよう に対応すればよいのかわからなくなってしまっていることがしばしばある。学校がワーク ショップ等を通じて、親に対して適切な情報を伝えることは、自殺予防にとってきわて重要である。
 さて、親を対象とした教育でも、内容は教師を対象としたものと原則的には変わらない のだが、強調すべき点が一つある。実際に、教師が学校で子どもに自殺の危険が迫ってい ることに気付いた時点で初めて親に協力を得ようとしても、時すでに遅く、親は子どもの自殺の危険を否認したり、援助を拒否したりする態度に出るようなことが多い。そこで、 こういった危機的状況が出現する前に、十分に自殺予防についての知識を親に与え、こころの病や自殺に対する偏見をできる限り取り除いておく。自殺とは、一生の間に誰にでも 起こり得る危機的状況であるが、様々な働きかけによって乗り越えることができる点を強 調する。そして、教師と親の間に良好な信頼関係を成立させておくことが重要である。援助が必要な場合には、いつでも協力を惜しまないという姿勢を、学校側が親に示しておく。
3 子どもを対象とした教育
 子ども自身を対象とした自殺予防教育については、米国でさえ開始するにあたって親や 教師から強い抵抗があった。反対の理由の多くは、「自殺について話し合うことで、子どもに自殺衝動をかきたててしまい、危険がなかった子どもにまで、自殺に走らせてしまう可能性はないだろうか」という不安である。要するに、「寝ている子を起こしてしまうのではないか」という心配である。
 しかし、自殺の危険が高い子ども自身が苦しんでいるのはもとより、悩みを打ち明ける 相手がほとんどの場合は同世代の友人であるという事実を直視すると、やはり、子どもを 対象とした自殺予防教育を実施しなければ、自殺予防対策の効果は上がらないと考えられるようになった。また、適切な訓練を受けた人の指導に基づいて自殺予防教育を実施して みて、それが自殺を誘発しないという事実は既に確認されている*。
子どもを対象とした授業は以下の5つの部分から成り立っているが、各学校の抱える問 題によって柔軟にカリキュラムを変更している。初期の段階では、専門の臨床心理士やカ ウンセラーが教育にあたっていたが、最近では訓練を受けた教師が中心となってこの授業の指揮を取っている。
a) 自殺の実態:事実をもとに子どもの自殺を解説し、いかに深刻な問題であるかを示す。  
決して、道徳的な判断や倫理を持ち出さず、あくまでも統計的な事実から始めて、自
殺が深刻な問題であるかを強調し、討論する。
b) 自殺の危険を示すサイン:こころの病の中でも重要な自殺の危険因子であるうつ病に
ついて詳しく解説する。まず、うつ病について解説する前に、たとえば、ある手紙を
黒板に書いて子どもに読ませていた。それは非常に陰欝で悲惨な内容の手紙であっ
た。 次に、手紙を書いた人の心理状態について子どもに感想を求めた。子どもの感
想が出尽くしたところで、それは第16代大統領リンカーンの書いた手紙であることが
伝えられると、教室内の子どもが驚き、どよめいた。この例を用いて、たとえ偉人
  であって も人生のある時期に絶望的な気持ちに陥ることはあり、抑うつ感に圧倒され
ることは 決して異常ではないと強調する。以上を導入として、うつ病の実態を解説し  
ていく。 自殺の危険を示すサインとして、次のような項目が挙げられることを伝え
る。
· 家族(あるいは、他の自分にとって重要な関係にあった人)の誰かが自殺した。
· 喪失体験があった。 · 最近悲劇的な出来事があった。 · 直接または間接的に自殺
をほのめかした。· 学校での行動が突然変化した。 · 性格や態度が突然変化した。
· アルコールや薬物を乱用するようになった。 · 突然、身辺の整理をし始めた。
c) ストレスや薬物乱用と自殺の危険:米国では、薬物の乱用が大きな社会問題であり、
この予防についても熱心に教育されている。多くの子どもが違法な薬物で毎年死亡
している現実について事実を伝える。
d) どのように助けの手を差し伸べるか:自殺の危険に気付いた場合に友人に取るべき処
置として以下の事柄が話し合われる。
· 批判をしたりしないで、友人の自殺願望を傾聴し、絶望的な感情を理解するように
努力する。· 誠実な態度を貫きながらも、秘密のままにせず、信頼できる大人に友
人の自殺の危険を知らせて援助を求める。· 友人が大人の援助を得たくないと考え
ていても、その気持ちは尊重しながら も決して放置せず、適切な援助を求める必
要性を強調する。
e) 地域にどのような資源があるか:自殺予防センター、保健所、精神保健センター、病院
の救急部、電話相談、自助グループといった様々な機関について、皆で一覧表を
作り、どのような場合に具体的に連絡を取るかということまで相談する。子ども
の代表が、実際に地域の各種機関を訪問し実態を見学することも含まれる。

以上が、カリフォルニア州の学校における自殺予防教育の概要である。
 なお、実用性を重視する米国では、この種の教育の実際の効果についても研究が始まり、 議論されている。コロンビア大学のシェイファーらは、子ども全体を対象とした自殺予防教 育に関して懐疑的な報告を発表していることも紹介しておく*。
 一般の子ども全体を対象とした自殺予防教育よりも、ハイリスクの子どもを同定し、より集中的な治療を講ずるべきであると彼らは主張している。すべての子どもに対してスクリーニング検査(ハイリスクの子どもを見極める検査)を行い、ハイリスクとされる子どもに関してはより徹底的なフォローアップをするほうが効果的であるという。
 また、何らかのストレスに満ちた出来事を経験すると若者は誰でも自殺の危険が高まる可能性があることをほとんどの既存のカリキュラムが強調しているため、自殺がこころの病に密接に関連しているという事実をそれほど重視していない点も問題であると指摘している。 ストレスに過度に力点を置いて教育することの危険も指摘され、うつ病をはじめとするこころの病から生ずる自殺の危険も同様に教育されるべきであるという。
 さらに、より広い視野に立ち、問題解決能力を高めるようなプログラムや、実際に危機に際してどこに援助を求めるかといった予防教育を実施すべきだという意見もある。
 国情が異なるために、以上のような自殺予防教育をただちにわが国でも実施することが最善の策であると主張するつもりはない。しかし、たとえば、子どもの自殺予防に関して、教師を対象としたプログラムから始めていき、プログラムの有用性について広く理解されるよ うになったならば、親、そして、子ども自身を対象とした予防教育へと進んでいくという方法は検討すべきだろう。それがすぐに実現できないならば、せめて、子どもの自殺が起きてしまったときに、他の子どもたちに対するケアだけでもただちに実施すべきである。
 諸外国で実施されている子どもを対象とした自殺予防教育について、わが国でも討をすべき時期が来ていると考えられる。
(子どもの自殺予防のための取組に向けて (第1次報告)平成19年3月 児童生徒の  
自殺予防に向けた取組に関する検討会より引用)

11−4.最近の政府の取り組みの決意(いじめ)

 安倍政権の教育再生実行会議(座長=鎌田薫・早大総長)のいじめ問題に関する提言の原案がわかった。いじめ防止のための新たな法律をつくるほか、第三者組織を設け、いじめの通報を受け、解決にあたると提言。いじめた子には懲戒や出席停止など「毅然(きぜん)とした指導を行う」とした。26日に安倍晋三首相に提出する。

 原案では「早い段階でいじめの芽を摘み取り、一人でも多くの子どもを救うことが教育再生に向けて避けて通れない」と指摘。いじめの未然防止と発生後の対応について提言している。

具体的には道徳教材を充実させ、道徳を教科に格上げし、いじめの定義や相談体制を定めた基本法を制定するとした。いじめを速やかに通報する窓口として、学校ではない「第三者的な組織」の設置も提言。調整や解決の権限を与え、いじめを見つけた教師や保護者が、速やかに通報・相談できるようにするとした。

 いじめ被害が深刻な場合は、校長や教師が加害生徒や児童を懲戒したり、教育委員会が保護者を通じて出席停止させたりする。犯罪と見られる場合は「教委と学校は警察と連携する」とした。このほか、いじめへの対応を学校や教職員の評価に反映させることや、体罰禁止を徹底させるため、部活動指導のガイドラインを国が策定するとした。(朝日新聞2013年2月22日)

11−5.権理と権利       
             
 以前「自然と人権」の中に以下のような文章を書いたことがある。

 「特に日本人の場合には、英語で言う human rights と言う「普通の人間として生きていくための要求権のこと」を、「人権」と訳してしまった事、また rights を、権限・権力の「権」と利益などの「利」を合わせて使って「権利」と訳したことにも問題があるような気がする。「人間の要求権」位にしておいた方が良かったのではないだろうか。」

 人権の説明の中には必ず「権利」と言う言葉が使われる。
 この人権と権利という二つの言葉はいつも非常に不愉快きわまりなく私の頭の中を駆けずり回っていた。

 先日、福沢諭吉の学問のすすめを暇に任せて何となく読んでみた。

 human rightsを人権と訳したのは福沢諭吉であるが、rightを権利と訳したのは西周である。
 西周は他にも「哲学」、「理性」、「主観」、「客観」、「悟性」、「現象」、「実在」、「感覚」、「知覚」、「観念」、「意識」等の言葉を日本語として訳している。

 西周は、福沢諭吉の天賦人権論に真っ向から対立した権利不平等論を唱えた人であったが、その実績から彼がrightを権利と訳したその訳語がその後もずっと日本では何の疑問も持たれずに使われてきた。(ただし西周も最初は権利とは言わずただの「権」と言っていたようだ)

 ところが、最近になって福沢諭吉の学問のすすめを読んで分かったことだが、human rightsを人権と訳した福沢は、rightを権利とは訳していなかった。
 彼は、権理とか通義あるいは権理通義と使ったり、短く権義としているのである。
 さらに、論敵西周に対して、rightを権利と訳したるは誤訳であり、権利が使われれば未来に禍根を残すぞ! と強烈に批判している。
福沢が人権と訳したのは絶対に間違いだと思っていた私の、もやもやしたものがこれですっ飛んだ!

 西周によれば、福沢の天賦人権論は「虚理」であり「虚象」であって、社会の実勢は労力の格差にもとづく権利の不平等が現実であり実勢であると考えていたからだということだそうである。
福沢の言う天賦の権利というものはなく、複数の人が存在する所から権利が生ずるというのだ。

 現在の憲法14条や97条に書かれている基本的人権は、まさしく福沢の言うところの権理から生まれた人権である。そして理想の人権でもある。
 それに対して西は、現実から出発しているのだ。
 今現実におこっている格差社会を見ていると、西周も偉大な学者だと思う。

 ここからが大事なところなのだが、福沢が訳した「人権」を使うなら、同じように福沢が訳した「権理」を使うべきであって、西周が訳した「権利」を使うべきではない!

 小さな事のようだが、これは今後の日本にとっても大事なことだと思う。それでなくても権利や自由のはき違えをしている日本国民が多すぎる!

 是非、文部科学省や教育委員会や教育に携わる学者諸氏の再考を願いたいと思う。  

 なお、学問のすすめは今の政治家は是非熟読して貰いたい!
きちんとした独立国家を作るために,それぞれが学問に励まなければならないと言っていると同時に、本来の国というものはどうあるべきなのかも詳しく語っている。
 政治家のより良い国を作ろうという熱意と意欲は、150年前よりも退化しているのではないかと思えてならない。

11−6.授業妨害について

 授業妨害について、文科省はっきりしたことを言うべきである!

 高等学校での退学処分の理由の4番目に
「学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者」
とありその様な生徒は退学させることが出来るとしながらも、文科省は学校の秩序を乱すとはどういうことか、生徒の本分とは何かなどを明確にしていません。

 授業妨害は多くの生徒の授業を受ける権利を侵害し、教師は精神的打撃を被り、
場合によっては試験範囲がきちんと終わらないという不利益がないように補習までやらなければならない事もあります。
 学校とはそもそも教育、それも授業で行う学習教育が一番優先される教育であり、その授業が妨害されたとなればこれは進路保証という面から考えても一大事でありながら、授業中に携帯が鳴って授業が寸断されても、適当な注意だけで殆ど罰はないと言うのが現状です。

 あるブログの中でこんな事を書いている人がいました。
 「喫煙・オートバイに乗った・髪を染めている・暴力行為(生徒同士の喧嘩の範囲)・教師の指導に従わない・無断で休む・成績が悪く進級の見込みが無い・授業の邪魔をする(程度が問題)等々。 これらの事は指導しなければならない事項とは思いますが、退学にせずとも、停学処分で十分対応できる事と思います」

これは多分私立高校の基準であると思います。私立高校の基準が厳しいのはある程度やむを得ないことではあるのですが、、、。
公立高校なら、その状況にも寄りますが、「喫煙・オートバイ」で謹慎、「暴力行為」で停学、「無断で休む・成績が悪い」は、退学の条件に「学力劣等で成業の見込みが無いと認められる者」とあるのですが、最近では平等原則・比例原則のもとに単位の履修・修得条件などで判断しますから、その理由で退学させることは少なくなっています。
髪を染めると教師の指導に従わないは、生徒指導部長注意とか学年主任注意程度でしょう。
でも、授業妨害だけは他の条件とは違うと私は思います。
この例のように、他の条件と授業妨害が一緒に並列で書かれていることは、授業妨害がそれほど重大なことではないと言う意識の表れではないかと思います。
 
 人権が絶対に尊重されなければならないと同じように、学校での授業は絶対に妨害されてはなりません!

そう言う意味では、「授業妨害をしたら即刻退学」くらいの判断を文科省も学校も示すべきです。

携帯電話の呼び出し音を気にしながら、一生懸命に時間をかけて教材研究をした結果として教師は授業をしているのです! 授業は教師の意思と経験と熱意の結晶なのです。
 
 体罰が絶対に許される行為でないならば、授業妨害も絶対に許されるべき行為ではないのです!

この事を、文科省は勿論、学校も校長も教師も生徒も、保護者も、一般の人々も理解しなければならないと思います!

 この事だけがしっかり守られるなら、極端な言い方をすれば、退学条項も学校の規定もいっさい必要ないとさえ思います。
      

12.熱血先生に告ぐ!
 このマニュアルを読んで、手出しすることを少しは我慢できそうな気になりましたか?
 次の公務員の懲戒処分規定(大まかのものです)に目を通してください!

*交通事故・交通規則違反
(1) 飲酒運転(酒酔い運転・酒気帯び運転)及び無免許運転
  ア 酒酔い運転の場合..............................................免職
イ 酒気帯び運転又は無免許運転の場合
(ア) 人を死亡させた場合.......................................免職
   (イ) 人に傷害を負わせた場合又は物損事故を起こした場合..免職又は停職合
(ウ) 上記以外の場合...........................................停職
ウ 飲酒運転を知りながら同乗し、又は運転することを知りながら飲酒を勧め
た場合 ................................................免職又は停職
(2) 速度超過 ア 人を死亡させた場合 …………………………………………免職

        ー 中略 ー

*わいせつ行為及びセクシュアル・ハラスメント
(1) 児童生徒に対する行為
ア わいせつ行為を行った場合(同意の有無は問わない)   ……………… 免職
イ セクシュアル・ハラスメントを行った場合 ....................免職、停職又は減給

              —— 中略 ——    

*体罰
(1) 体罰を加え、児童生徒を死亡させ、又は重大な障害を負わせた場合
                             免職又は停職
(2) 体罰を加え、児童生徒に障害を負わせた場合。…………… 停職又は減給合
(3) 上記以外の体罰を加えた場.................. .... .......... ...戒告
(4) 体罰の方法や程度、人数、回数などにより加重する場合がある。
  平成17年12月16日 教育委員会通達 平成18年10月 4日 一部改正
  平成19年10月18日 一部改正
 ようするに、軽度の体罰で戒告となりますが、戒告は法的な処分ですから、一生つきまとうことになります。
 まだ、やはり熱血先生のあなたは気持ちがスッキリしませんか?
 それでは、もう一度最初からこのマニュアルを読んで下さい!
 それでもダメなら、何度でもこのマニュアルを読み返して下さい!
 10回読んでも、まだこのマニュアルでは納得がいかないと言うことなら、私は責任を取らねばなりません。
 私が責任を取るということは、あなたに学校教育の場から去って下さいと言うことになります。そのようなことがないように、、、、、、、。
 あなたが素晴らしい指導者になることをいつも心から願っております!
*もしよろしければ、納得が行かない理由を是非お聞かせ下さい。下記私のメール
 アドレス宛に連絡をお願いします。
それでは、さようなら!


12.おわりに
 このマニュアルを読んで頂き、誠にありがとうございました。

 自分自身が教員の仕事を人生の大半として過ごしたにも関わらず、定年後になってああしたかったこうしたかった、さらに今でも納得がいかないと言うことが、反省というか後悔の念のように湧いてきて、私の心をいつも押さえ続けていました。
 奇しくも母の命日である2月11日(建国記念日)に書き始め、24日の今日(旧歴の小正月)になんとか書き終わりました。外からは小正月の爆竹祭り「寒單爺」の賑やかな音が聞こえてきます。
 私の気持ちがこのマニュアルで少しでも伝えられれば、幸甚に思います。
 なお、内容について、あるいはご批判については以下のメール アドレスにお寄せ下さい。
yoshinorin@cb3.so-net.ne.jp  月光仮面教師
                 2013年2月24日   台湾台東にて

[2013/02/24 22:01] | 学校教育
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有島武郎『或る女』の感想など

<対象小説>
i文庫 或る女 前編(岩波文庫 1992年11月16日 第42刷発行)
i文庫 或る女 後編(岩波文庫 1998年11月16日 第37刷発行)

<小説「或る女」とは>
前編は「或る女のグリンプス」として1911年1月の白樺の創刊号から1913年の3月までに16回に渡って
連載されたものです。
後編は1919年前編と共に書き下ろしで「或る女」として刊行されました。

粗筋は、、、、
まだ十代の終わり頃に、作家の木部孤笻と恋愛し結婚したが破綻した早月葉子は妖婦的性格を帯びた女で、いま母の示唆によって米国シアトル滞在中の木村貞一と結婚するため船に乗っている。葉子の母は女権拡張運動を行っており、葉子も新時代の女としての理想を持っていたが、美貌と女としての魅力を社会で成功するために利用して良いという考えを持っていた。
葉子は船内で知り合った若い男を嘲弄し、遂に船の事務長倉地と恋におち、シアトルで木村に会うと失望して、そのまま帰国の船で日本へ帰り(ここまでが前編)、妻子のある倉地と生活をともにし始め、世間の非難を浴びる。最後に葉子は病死してしまう。
(一部Wikipediaより引用)

<普通の感想>(単純に思ったことと内容で気になったことなど、、、さらに間違いや疑問なども)
        ※印は最後に<単語集>として記しておく

1.連載の前編の書き方と書き下ろしの後編とでは以下の点で大きく違いが見られた。
  ・前編ではあまりにもカタカナ英語(※19、ごく普通のカタカナ英語は含まず)と英語(※37)が多い。
  ・前編ではとにかく修飾語が多く、表現の氾濫が多くとても読みづらい。
・ 後半ではカタカナ英語(※17)と英語(※2)、前半では主人公葉子の感情のあらゆるものを追求しよう
として表現での氾濫(修飾語の多さも含む)が見られたが、後半の文はそれからかなりスッキリして読みやす
くなった。

  前編は、このくらいの英語が分からないやつは俺の小説は読まなくて良い! とでも言いたげな、私のような者
  にとっては高慢な小説家としか思えないような感じでしたが、後編は何だか自分でも(あるいは人から言われて)
  もう少し読み安くと思ったのでしょうか、本当に読みやすくなっていました。

2.男女の心の奥深い部分の洞察と時代や風潮の正確な観察力で描かれた読み応えのある作品でした。

3.読み終わった感想は「後味が悪い!」 尻切れトンボのような感じもあるが、何か全体的に閉塞感を感じさせる。

4.葉子の病気が悪化していく頃の最後の場面では、葉子は26歳とは思えないまるで中年おばさんのように思えるのは
  どうしてだろうか? 主人公葉子はまさに作者有島の凄惨な自画像とでも言えるから、書いた時の有島40歳頃の気  
  持ちが入り込んだのか?

5.有島が軽井沢で波多野秋子と縊死心中した思いが何だか伝わってくるような気がした。

間違い?

1.後編の中で「ヤブ蚊の蚊柱が立っている」と言う表現があるが、ヤブ蚊は特別な場合以外は蚊柱らしい物も作らない!
  蚊柱を作るのは、イエ蚊の仲間(アカイエカ、コガタアカイエカ)やユスリカの仲間です。
2.前編に出てきた「ディワン」(divan,壁に沿っておく背もたれのないクッション付きの長椅子)が後編では
  「ディバン」となっている。間違いとは言わないが、統一して欲しかった。①
3.前編後半部、Seattle のスペルが Seatle になっている。②

  ①②は、パソコンへの打ち込みミスと考えられるが、、。 

<他の小説との比較>
1.「アンナカレニーナ」(1877年露)「ボヴァリー夫人」(1857年仏)「或る女」(1919年日)の共通点
  主人公:美しく魅力的、やや神経質っぽい、必ず夫かあるいは許嫁がいる
      浪費癖がある、見栄っ張り、妄想家
      すいつも自分にとって悪い方に考えて→そして勝手に激怒する
  夫や許嫁:普通に良い人、主人公に夢中
  主人公の女は別の男に走る、そして男と共に破綻・破滅
  
  *有島は上の2作品を読んでいるはずだが、何らかのヒントを得ているのだろうか?


2.夏目漱石「行人」(1912−1913年、朝日新聞連載)
  
  後半葉子が狂って行くところが、行人の一郎を思わせるようだ。
  確かに一郎は自分の妻の直を疑い、二郎に頼んで二人だけで旅行に行かせて直の節操を試させるというような
  ちょっと信じられないようなことをする男である。

  漱石はイギリス留学。有島はアメリカ留学。
  二人の直接的な接点はないが、漱石からの影響を受けていることも考えられるが、、、、。

  有島武郎の「宣言」(1951年、角川書店)、夏目漱石の「こころ」(1914年、岩波書店より自費出版)、
  武者小路実篤の「友情」(1920年、以文社)の共通点は、、、、
  敢えてまとめて云えば、男二人が女一人を巡ってあれこれお話が展開していくという内容。

  有島が、漱石や実篤の影響を受けていることも考えられます。

<登場人物のモデルについて>

 作家であり精神科医でもある加賀乙彦(日本の近代文学のなかで傑出した作品をひとつあげよと言われたら、
 ためらいなく「或る女」をあげる言っている)は、新潮文庫版「或る女」の解説に、小説を読むのにモデルの
 詮索は無用、モデルさがしは虚しいと書いていますが、私は逆にモデル探しも色々な背景や関係が読めて、
 さらにはモデルとなった人々や関係者が小説をどう受け止めていたかなども知り得て面白いと思います。
 
 葉子のモデル:国木田独歩の最初の妻の佐々城信子

  34年9月、親戚会議でアメリカに追いやられる羽目になって、森広と結婚するために渡米の途に着いた。
  乗船した鎌倉丸の事務長・武井勘三郎と恋に落ち、アメリカに上陸せずに帰国した。同船していた鳩山春子は
  スキャンダルとして新聞に告発したと言われている。
  このことで武井は日本郵船を辞めた。武井の妻は勘三郎との離婚を承知しなかったために信子と勘三郎は制度上の
  夫婦にはなれなかった。勘三郎との間に一女瑠璃子が生まれた。
  大正10年(1921)2月に勘三郎と死別した。同14年(1925)、末の妹が病弱だったため栃木県真岡に
  移住した。真岡の自宅で日曜学校を開き、聖書と讃美歌を教えた。72歳で死去し、真岡市海潮寺に葬られた。
  (日本キリスト教女性史(人物編)よりhttp://www5e.biglobe.ne.jp/~BCM27946/sasakinobuko.html)

 倉地三吉のモデル:鎌倉丸の事務長武井勘三郎

  スキャンダル記事は、1902年11月から「鎌倉丸の艶聞」という題で合計7回の続き物として「報知新聞」
  に掲載された。
  その要約はおおよそ以下の通りである。
  昨年9月4日アメリカに向け出航した鎌倉丸の乗客の中で、佐々城信子を中心に十数名の紳士は他の乗客とは別に
  酒興にひたる事が多くあった。佐々城信子は、母豊寿(とよひさ)の遺言に従いアメリカにいる許婚約者森広のもと
  へ赴く途中であったが、彼女に何かと手助けをしてくれた事務長武井勘三郎と親しい間柄になる。シャトルに着いて  
  から一週間滞在したのみで、彼女は病気を理由にそのまま帰国する。しかし病気の他に理由があったことは、当地発  
  行の日本人という外字新聞に「事務長強姦する」との風説を揚げられたことによってもわかる通り、二人の間に何か 
  しらあったのは事実である。帰国した二人は程なく東京に出で、京橋の対山館を宿にして夫婦のような生活を始める。 
  しかし、実は武井には妻のほかに二人の子供がある。二人は対山館の一室に身を隠して快楽に耽っていたが、そのう
  ち信子は婦人病で大学病院に入院する。昨年12月、信子が全快し退院後、二人は芝公園の青龍寺に信子の名前で家
  を借りた。

 木部孤笻のモデル:国木田独歩

 木村貞一のモデル:アメリカ在住の森広

 田川夫人のモデル:鳩山春子  前総理鳩山郁夫の曾祖母 びっくり!

 古藤義一のモデル:有島武郎本人

  有島武郎の心境については本人の日記にかなり詳しく書かれていますが、これは宮本百合子の
  「『或る女』についてのノート」を参考にして下さい。http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2883_8411.html
  日記の一部分を下に記します。

  「余は去りて榊病院に河野氏を訪ひぬ。恰も Miss Read、孝夫、信子氏あり。三人の帰後余は夫人の為に手紙の
   代筆などし少しく語りたる後辞し帰りぬ。神よ、余は此の筆にするだに戦きに堪へざる事あり。余は余の
   謬れるを知る。余は暫く信子氏と相遭はざりき。而して今日偶彼女と遭ひて、余の心の中には嘗て彼女に対して
   経験せざりし恐しき、されど甘き感情満ちぬ。彼女の一瞥一語は余の心を躍らしむ。余は彼女の面前にありて
   一種深奥なる悲哀を感ず。彼女のすべては余に美しく見ゆ。余は今に至るまで彼女を愛しき。されども今日は
   単に彼女を愛すてふそれにては余の心は不満を感ずるなり。さらば余は彼女を恋せるなるか。叱! 神よ、
   日記は爾が余に与へ給へる懺悔録なり。余はこの紙に対して余の感情をいつはり記すこと能はず。以下略」 

<単語集>出現順 (これから『或る女』を読もうとする人のためのものです)

 前編:カタカナ英語

 パンネル→パネル(panel)
 インバネス(Inverness)→インバネスコート スコットランド地方の袖のない取り外しケープの着いているコート
 テレピン 松精油
 プロメナード・デッキ→プロムナード・デッキ(promenadedeck)遊歩甲板
 サルン→サロン(salon)大広間
 フロック・コート(frock coat)アルバート公コートとも、ダブルブレストで黒色のコート
 フォルクス(?)船首、フォルクス・デッキ=船首甲板
 ステアレージ(steerage)昔の船の3等船室
 パセティック(pathetic)哀れを誘う様、感動的な様
 ケーク・ウォーク(cakewalk)2拍子の黒人ダンスの一つ
 カップ・ボード(cupboard)食器棚
 ディレッタント→ジレッタント(dilettante)学問・芸能などを、趣味として愛好する人。好事家(こうずか)
 モスリン(メリンス)(muslin)薄手の平織り羊毛・綿生地
 ディワン(divan)壁に沿って置く背もたれ無しでクッション付きの長椅子
  後編では「ディバン」として出てくる
 ファウンテン・ペン(fountain pen)万年筆
 ビスマーク→ビスマルク(Bismarck)ドイツの鉄血宰相 
チャート・ルーム(chart room)海図室
 パッション(passion)熱情、情熱
 フラット(flat)共同住宅、アパート

 前編:英単語&英語単文

 glimpse  一目見ること、一見
 tact 如才なさ
 shade   日よけ、ブラインド
 simpleton まぬけ
 illusion 幻覚、幻影
 roughish 乱暴な、不作法な
 inspire  鼓舞する、発奮する
 Devil take it! くそっ! ちくしょう!
 No tame creature then,eh? 言うことなんか聞きやしないよな?
 berth  柵のようになった寝台
 You mean Teddy the roughrider?  テディーは荒馬乗りだっていうんだな?
 Good hit for you.Mr.Captain! 当たってるわ、船長!
 insolent 横柄な
 adventure 探検、冒険
 desire   欲望
 delirium 錯乱
 adventuress 女性冒険家
 weird   異様な
 assault  突然襲いかかること、急襲
 nonchalant  無頓着な、無関心な
 diabolic 悪魔のような、魔性の
 akimbo   両手を腰にあってて肘を突っ張る仕草
 Car to the town. Fare 15¢. 町まで15セント
 ecstasy  エクスタシー
 Charmin' little lassie! チャーミングなちっちゃなお嬢さん!
 What' is that?
One more over there, look! 見て!あそこにもう一人
 Here we are! Seattle is as good as reached now. 着いた! シアトルはごらんの通りよい所だ。
 Thanks to you!  ありがとう!
better half 伴侶、連れあい、妻
 refine 洗練される、上品になる
 Love scene ラブシーン
 attraction 魅力
 caress 愛撫(キス・抱擁などの) 
 boudoir (仏) 婦人の私室
 Lady friend 淑女の友達
 pathos ペーソス、哀愁     


 後編:カタカナ英語(前編に出てきたものは省く)
 デコルテー(decoltte)女性の正装用イブニングドレス。
            ネックレスラインを大きく開けて、首筋・胸をあらわにしたドレス
 ノスタルジア(nostalgia)郷愁
 キャリコ(calico)→キャラコ  インド産の平織り綿布
 ハーキュリーズ(Hercules)ヘラクレスの英語読み
 エボニー(ebony)  黒檀
 ビジネスマンライキ→ビジネスライク(businesslike)
 ライフキャリア(life career) 生涯の仕事
 ロングフェロー(Henry wadsworth Longfellow)アメリカの詩人
 エヴァンジェリン   ロングフェローが発表した詩
 ピーボデー   米の世界最大の石炭会社ピーボディ・エネジー
 ソウダ・ビスケット(Soda biscuit,buttermilk biscuit)バターミルクと重曹で膨らませた柔らかなビスケット
 コケット(仏coquette) 色っぽい女,艶めかしい女  参考:コケティッシュ(coquettish)
 コティロン(cotillon) 18から19世紀にフランスで流行した男女4組8名で踊るダンス
 ディフテリア→ジフテリア
 ソップ→スープ
 イルージョン(illusion)幻影、幻想、錯覚
 ハルシネーション(Hallucination) 医学用語、幻覚


 後編:英単語&英語単文(前編に出てきたものは省く)
 Strenuous life 奮闘生活  ルーズベルトの本の題名
 sun-clear 正しい、はっきりした



<その他>
1.帰国した明くる朝、葉子は横浜の紅葉坂の旅館から坂を下りて停車場、税関波止場から海洋通りの
  グランドホテルへと歩く、、そして県庁の方へ、、、。

  この当時(1913年、大正2年)は、横浜の山下公園添いにグランドホテル(明治6年開業、昭和2年解散)
  がありました。
  今はその跡地のすぐ近くにスパゲッティ・ナポリタンやプリン・ア・ラ・モード、ラムボールなどの名作を生み出し   
  たレストランを持つホテルニューグランドがあります。
 
2.渡辺淳一の「失楽園」は、有島武郎の心中事件をモチーフにしているそうです。(Wikipediaより)

 


















[2013/02/09 17:01] | 雑記帳
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『権理と権利』      2013.2.6

以前「自然と人権」の中に以下のような文章を書いたことがある。

「特に日本人の場合には、英語で言う human rights と言う「普通の人間として生きていくための要求権のこと」を、「人権」と訳してしまった事、また rights を、権限・権力の「権」と利益などの「利」を合わせて使って「権利」と訳したことにも問題があるような気がする。「人間の要求権」位にしておいた方が良かったのではないだろうか。」

人権の説明の中には必ず「権利」と言う言葉が使われる。
この人権と権利という二つの言葉はいつも非常に不愉快きわまりなく私の頭の中を駆けずり回っていた。

先日、福沢諭吉の学問のすすめを暇に任せて何となく読んでみた。

human rightsを人権と訳したのは福沢諭吉であるが、rightを権利と訳したのは西周である。
西周は他にも「哲学」、「理性」、「主観」、「客観」、「悟性」、「現象」、「実在」、「感覚」、「知覚」、「観念」、「意識」等の言葉を日本語として訳している。

西周は、福沢諭吉の天賦人権論に真っ向から対立した権利不平等論を唱えた人であったが、その実績から彼がrightを権利と訳したその訳語がその後もずっと日本では何の疑問も持たれずに使われてきた。(ただし西周も最初は権利とは言わずただの「権」と言っていたようだ)

ところが、最近になって福沢諭吉の学問のすすめを読んで分かったことだが、human rightsを人権と訳した福沢は、rightを権利とは訳していなかった。
彼は、権理とか通義あるいは権理通義と使ったり短く権義としているのである。
さらに、論敵西周に対して、rightを権利と訳したるは誤訳であり、権利が使われれば未来に禍根を残すぞ! と強烈に批判している。
福沢が人権と訳したのは絶対に間違いだと思っていた私の、もやもやしたものがこれですっ飛んだ!

西周によれば、福沢の天賦人権論は「虚理」であり「虚象」であって、社会の実勢は労力の格差にもとづく権利の不平等が現実であり実勢であると考えていたからだということだそうである。
福沢の言う天賦の権利というものはなく、複数の人が存在する所から権利が生ずるというのだ。

現在の憲法14条や97条に書かれている基本的人権は、まさしく福沢の言うところの権理から生まれた人権である。そして理想の人権でもある。
それに対して西は、現実から出発しているのだ。
今現実におこっている格差社会を見ていると、西周も偉大な学者だと思う。

ここからが大事なところなのだが、福沢が訳した「人権」を使うなら、同じように福沢が訳した「権理」を使うべきであって、西周が訳した「権利」を使うべきではない!

小さな事のようだが、これは今後の日本にとっても大事なことだと思う。それでなくても権利や自由のはき違えをしている日本国民が多すぎる!

是非、文部科学省や教育委員会や教育に携わる学者諸氏の再考を願いたいと思う。  

なお、学問のすすめは今の政治家は是非熟読して貰いたい!
きちんとした独立国家を作るために,それぞれが学問に励まなければならないと言っていると同時に、本来の国というものはどうあるべきなのかも詳しく語っている。
政治家のより良い国を作ろうという熱意と意欲は、150年前よりも退化しているのではないかと思えてならない。


[2013/02/08 14:33] | 雑記帳
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2012年新春 丹沢大山初詣登山 
2012年1月7日(土)
探検部時代を思い出しながら、冬の大山山頂で初詣!                   

<日程>  小田急線伊勢原駅北口「大山ケーブル駅」行きバス乗り場
      8:05 伊勢原駅北口発(神奈中バス)
      8:35 大山ケーブルバス停着
      8:40 登山開始
      9:40 阿夫利神社下社1回目の初詣(10分休)
     10:40 富士見台
     11:15 ヤビツ分岐
     11:30 大山山頂着 昼食(30分休憩)
          阿夫利神社上社 第二回目の初詣
     12:00 大山山頂発
     13:00 見晴台着
     13:30 下社駅着(ケーブルカー利用)
     13:40 追分駅着
     13:50 大山ケーブルバス停着
     14:00 大山ケーブルバス停発(神奈中バス)
    14:30 伊勢原駅北口着
     14:35 「とんぼ」到着 
<出発前の注意事項>
* 時程は多少余裕を持っていますが、遅れるようなことがあれば、下りを見晴台からヤビツ分岐に切り替える。
* 下社から先は積雪が予想されるので、「軽アイゼン」(4本爪又は6本爪)を準備。でも山道は岩場が多く、あまり役に立たないかも知れません。
* 靴はトレッキングシューズ(軽登山靴)or登山靴(アイゼン装着のため)。
* お弁当は駅の売店(時間的に開いていないかも知れませんので)又はコンビニであらかじめ買っておく。伊勢原駅のすぐ近くにはコンビニがありません。
* 山に必要のない物(着替え、履き替え用靴など)は、駅のコインロッカーに預ける。(駅改札内精算機そば)

大山登山ルート図
大山登山ルート図

登りはケーブルカーを利用せずに、頑張りました。
大山では阿夫利神社下社を1丁目、大山山頂を28丁目として表記されています。
富士山が見える富士見台が20丁目です。
山の合目表記も同様ですが、何メートル登ると1丁目増えると言う訳では有りません。


富士山
富士見台から富士山を見る


大山山頂
大山山頂

伊勢原駅に着いたら、北口前の食堂「とんぼ」で生ビールを飲みながら一息入れます。

[2012/08/28 11:42] | 山・登山
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