台湾台東に関わって40数年、その間に経験した楽しかったこと面白かったことびっくりしたことなど、現地の状況や日本との比較なども含めて紹介したいと思います。
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旅館とホテル  2011.12

第1回:

先日、台湾1周をして、色々なホテルに泊まりました。

<台北>
台北の最初の二日は、林森北路の繁華街近くのビジネスホテル。最近オープンした、若い女性が好みそうなホテルでしたが、部屋が狭くて、日本のビジネスホテルのようでした。
<日月潭>
リゾート地「日月潭」の所謂リゾートホテルは、一番高かったのですが、立ちゆかなくなったリゾートホテルを再建したばかりで、内装は新しくかなり奇麗で凝っていたのですが、従業員がまだ慣れてないのが見え見えという感じでした。挙げ句の果てに、レストランでは期限切れのビールを飲まされるところでした。これでも一応5星になっていたのですが、ちょっとがっかりしました。
<台南>
台南の「大億ランディス酒店」は、台南で一番のホテルだけあって、「大億」と言えばどんなタクシーでも直ぐに分かりました。一番居心地がよく満足したホテルでした。ホテル内の空気がすでに他のホテルと違っていました。
<高雄>
高雄は、高雄85という高層ビルの上層階のホテル「高雄金典酒店」。チェックイン時のフロントの対応が、変にぎこちなく形式張っていたのが気になりましたが、部屋は広くて快適でした。
<花蓮>
花蓮は、以前にも泊まったことのある「花蓮美侖大飯店」。ブッフェ形式の朝食の場所や雰囲気、機能的なパソコンルームなどなど、、、以前よりもかなり洗練されたホテルになっていました。
<台北>
最後の台北は、やはり最近オープンしたちょっと気の利いたビジネスホテル、ラブホテルみたいな作りのツインベッドルーム(?)で、色々とちぐはぐな感じでした。

私の友人達も台湾や日本の色々なホテルに泊まっていますから、ビールを飲みながらホテルの話をすることがよくあります。そして、良く話題になるのは日本の旅館とホテルの違いとどちらが好きかなどと言うことです。

そこで今回は、ホテルと旅館のサービスについて、考えてみたいと思います。

最近の近代的で大規模なホテルは、セザール・リッツ(スイス)によって1900年頃にフランスのパリに初めて建設されました。(今のオテル・リッツまたはホテル・リッツ)初めて各客室にトイレとバスタブを完備したホテルを造ったのも彼です。その前までは、ホテルは皆共同のトイレと風呂だったそうです。その成功ぶりから彼は今でも「ヨーロッパのホテル王」と呼ばれています。

なぜリッツの話をしているのかというと、最近のホテルサービスにとても深く関係している人物なのです。彼の言葉の中に「お客様は常に正しい」と言うのがあります。

第2回:
 リッツの言った言葉をもう少し詳しく見てみると、
(a) The customer is king.《お客は王様》


(b) The customer is never wrong.《お客はけっして間違わない》

 
(c) The customer is always right.《お客は常に正しい》
 *

(c)はアメリカではコトワザになってしまいました。
この言葉を使った人が他にもいます。リッツより13歳年下で、アメリカのホテル王と呼ばれたスタットラーです。彼は、リッツとは対照的な大衆向けの完備されたホテル建設で成功します。

さらに、アメリカ、コネチカットにあるスーパーマーケット「Stew Leonard‘s」
(スチュー・レオナルド)の入口に書かれている言葉ですが、
Rule 1 The Customer Is Always Right! 
(ルール1 お客様は常に正しい。)

Rule 2 : If The Customer Is Ever Wrong, Reread Rule 1. 

 (ルール2 例えお客様が間違っていたとしても、ルール1をもう一度読め)

そして、アメリカの小売店チェーンで世界最大となったウォルマートの創立者のサム・ウォルトンも同じ言葉を後世に残しました。

1条 お客様は常に正しい
2条 お客様が正しくないと思ったら1条を見よ
スチュー・レオナルドと全く同じ文章ですね。

多くの起業家がこの言葉を座右の銘として成功していることが分かります。

日本では、かなり似ている言葉で「お客様は神様です!」と言うのがあります。
ご存じ、三波春夫のフレーズです。このフレーズについては、三波本人の真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしていることが多くあるようです。三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことで、客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズです。ですから、三波が言う「お客様」とは、商店や飲食店などのお客様のことではありません。
 しかし、このフレーズが一人歩きをして真意と離れて使われる時、例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?」となるわけです。それに対して、店員さんは「お客様は神様だと言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」という具合になります。
 俗に言う“クレーマー”(苦情家)の恰好の言いわけ、言い分になっていることも多いようです。
あるいは、お客相手のお店などで「お客様は神様ですから、とにかく大切に扱ってください!」と、お客至上主義に至ってしまうこともあるようです。

ところで、ホスピタリテイー・インダストリー・スペシャリストと名乗っている人がいます。なかなかのキャリアーの持ち主で著書は多数ありますがこの本の中で、日本のホテルや旅館のサービスが遅れているだとか、日本人旅行客がいかにヘンなのかと言うことが書いてあり、著者はアメリカやヨーロッパが最高であるという一種の外国かぶれに見えてしまいます。

私は、日本のホテルや旅館のサービスやホスピタリティーが遅れているとは思いませんし、特に日本の旅館に関して言えば、歴史的にも世界の先端をリードしてきたと考えています。

ところで、サービスとホスピタリティーの違いをご存じですか?
「サービス(service)」は、ラテン語 セルヴィタス(servitus)から派生した単語であり、元の意味は「奴隷」とか「仕える」です。「召使い」の意味を持つサーバント(servant)もサービスが語源です。 
したがって、サービスを受ける立場が「主」であって、サービスを提供する方は「従」ということで、主従関係がはっきりしています。 


ただし今は、“奉仕する”とか“役に立つ”という意味で使用されることが多いのです。 

サービスとは、「相手が喜んでくれる、相手の役に立つ言動全般」を意味する事であるとも考えられます。 
この場合、サービスを提供する方が「従」でサービスを受ける方が「主」などということは全くありません。ある時は、サービスを提供する方が「主」であり、サービスを受ける方が「従」であっても良く、同等であることが望ましい姿かも知れません。また、日本では、「サービスは無料(タダ)が当然」と言う考え方 
が長く続いていました。 

 
ここ数年、サービスに似た言葉として、「ホスピタリティ(hospitality)」 
があります。
ホスピタリティは、ラテン語のhospesであり「客人の保護者」や「歓待」と言った言葉から派生していて、キリスト教の教えでもあったようです。 

それが英語のhospital(病院)、hotel(ホテル)、hospice(ホスピス)と色々な言葉に発展しました。 
どれも「最大限の努力で訪れる人を扱わなければならない」
と言う考え方が根底にあります。


 
ホスピタリティは、お客様に提供する言動に対して、対価を求めるのではなく、「おもてなし・喜びを提供する」ことに重きをおいている点が大きくサービスと異なっています。ホスピタリティにおいて重視されるのは、人間性や信条、個性、感性などであり、報酬を求めての行動ではないということです。 
「おもてなしや喜びを提供する」ことによって、「報酬は結果として、あとからついてくる」という考えです。 


さてここで、またまたやっかいなことが出て来ました。最近、ホスピタリティー・サービスなる言葉が、あちこちで見られるようになったのです。どんなサービスなのか、首をかしげたくなります。「サービスしまくり・サービス」の様なものなのでしょうか?

さらには、最近のホテルでは「コンシェルジュ」(コンスィェルジュが原語発音に近い)と言う「綜合世話係」のような職種があって「コンシェルジュ・サービス」なるものや、「バトラー・サービス」(執事サービス?)なるサービスが脚光を浴びだしているようです。そしてこれは「コンシェルジュ・ホスピタリティー」とか「バトラー・ホスピタリティー」とは言いません!これらのサービスもやはり、パリのホテル・リッツ辺りで開発されたサービスのようなのですが、、、。

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第3回:

先ず、コンシェルジュについて検討してみたいと思います。
フランス語では、コンシェルジュは本来、教会、修道院等で来訪者の鍵を預かる人のことや「集合住宅(アパルトマン)の管理人」という程度の意しか持たない単語でした。そこから解釈を広げ、ホテルの宿泊客のあらゆる要望、案内に対応する「総合世話係」あるいは「よろず相談承り係」というような職務を担う人の職名として使われるようになりました。宿泊客のあらゆる要望に応える事をそのモットーとしていることもあり、「(宿泊客の要望に対して)決してNO(ノー)とは言わない」と言われています。もっと具体的な仕事内容としては、街のレストラン情報提供や予約、ショッピングやちょっとした散策などのヒントを提供したりする他、電車、バス、観劇等の案内や予約、さらにビジネス サポートや旅行の相談なども引き受けます。この仕事は、ホテル固有の経験はもとより周辺知識迄広く求められる他、お客様との接し方もより親切で洗練されたものでなくてはならないこともあり、欧米のホテルの中では非常に敬意を払われている職種です。

最近では、ホテルに限らずJRのステーション・コンシェルジュ(*)や伊勢丹のボーテ・コンシェルジュ
(**)のように、さまざまな施設で同様の役割を担当する人員をコンシェルジュと呼んでいます
 *簡単に言うと駅のよろず承り所
 **Beauteは美、ボーテ・コンシェルジュはブランドを超えた化粧品のアドバイザー

なお、コンシェルジュ(Concierge)はフランス語であると言うこともあり、日本語カタカナ表記ではコンスルジュと間違って書かれたり、コンシェルジェと書かれたりしますが、原語発音に近いのはコンシィェルジュです。Conciergeが動詞や過去分詞になるとコンシェルジェになるようです。

また、こうしたサービスを体系化したものを「コンシェルジュ・サービス」と呼ぶのだそうです。       そしてコンシェルジュ・サービスを、個人で所有できる「パーソナルコンシェルジュサービス」というサービスを提供する会社組織が今世界中にできています。今や、世界の富裕層にとっては、このサービスを受けているかどうかがステータスとなりつつあると言っても過言ではないようです。

話をホテルに戻しましょう! コンシェルジュは、日本のホテルではまだ馴染みの薄い職種です。アシスタントマネージャーAM(*)とかゲストリレーション(ズ)GR(**)といった職種が昔から有り、かなりコンシェルジュCGに近いような気がしたので調べてみました。
*AM:フロント近くのロビーにデスクを置き、利用客の要望・苦情・相談などに対応し、観光案内、各種予約、交通機関の手配などを担当する役職。米国式のホテルに多く存在する職種。組織上、支配人に直結している例が多く、その代理的な意味合いで、VIPなどの送迎を担当する場合もあり、コンシェルジェと類似した職種機能を持つ。
**GR:ホテルで宿泊客の種々の相談・依頼などに応対する人。コンシェルジュ。ほとんどコンシェルジュと意味は同じと言うことです。
それでは、アシスタント・マネージャーやゲスト・リレーション(ズ)とコンシェルジュはどこがどう違うのでしょうか?そのキーワードは「あらゆる要望」と「ノーとは言わない」ではないでしょうか?AMもGRもお客の要望に色々と対応しますが、どんな要望にでも対応するわけではないようです。時には、「それはちょっと分かりかねます」「当ホテルはそれには対応しておりません」などという「ノーを含む言葉」が出るのではないでしょうか。それに対して、CGは、とにかくどんなことに対しても徹底的に対応しようとする態度、接客姿勢、接客に対する考え方が違っているのだと思います。こうなると、「心、ハート」の問題でしょうか?誠心誠意のホスピタリティー!

それではここで実際に日本のホテルに色々と聞いた人のお話をお借りして書いておきます。
1.ホテルオークラ東京 
オークラでは「よろず相談係り」をコンシェルジュという呼び名にしていません。コンシェルジュの仕事はアシスタント・マネージャーとゲスト・リレーションが行います。

アシスタント・マネージャー、ゲスト・リレーション、プロトコール(VIPアテンダント)の三部門は総支配人室に属する接遇課にあります。日本でも数年前から欧米の高級サービスを志向した一部のホテル或いは外資系ホテル・オペレーターがコンシェルジュを配置するようになりましたが、オークラではこの種のサービスをインフォメーション・デスクに始まり現在のロビーデスクで対応しており、昼は客室担当副支配人或いはゲストリレーション・スタッフ、夜はナイト・マネージャーがアサイン(割り当て)されています。従ってこの名前を使っていないだけです。この仕事を通じての「やりがい」は、サービス業全般にそうでしょうが、やはりお客様から直接「ありがとう」といわれることです。唯、他のサービス業と少し違うのは、提供サービスの内容が本業のサービスを超えた部分にあり、その意味では奉仕の精神が上のような気がします。

仕事でモットーとしいていることは、NO(ノー)といわないことです。NOであってもNOではないのです。

2.グランド ハイアット 東京
コンシェルジュは、このホテルにおいては宿泊部フロント・オフィスに属します。コンシェルジュはホテルのお客様の「よろず相談」承り係ですが、ただ日本ではホテルの歴史もコンシェルジュの歴史も浅いため、その職域も仕事の内容も少し違う部分はあります。コンシェルジュの編成メンバーは5名です。朝の8時から夜の9時までの13時間がコンシェルジュ・デスクのオープンしている時間です。この時間内で、1~2名のスタッフがコンシェルジュ・デスクでお客様に接していられるようにシフトを構成しています。夜間の問い合わせはフロントやベルデスク、オペレーターで受け、その場で対応できないケースは翌日への持ち越しとなります。


上述の2つのケースで、ホテルオークラはコンシェルジュと言う言葉を使っていないだけで、「奉仕の精神」とか「ノーと言わない」とか、、、全くコンシェルジュそのもののように思えます。さらに、夜間はナイト・マネージャーがその仕事を引き継いでいます。一方、グランドハイアットではコンシェルジュという名前を前面に出して対応していますが、朝から夜の13時間だけでそれ以外の時間帯は、フロントやベルデスクやオペレーターで受けて、対応できないときは翌日持ち越しとなっています。フロントやベルデスクやオペレーターは、コンシェルジュの教育を受けていないはずです。さて、これだけでは判断しづらいですが、どちらが本来のコンシェルジュの精神に近いでしょうか?そして先ほど、アシスタント・マネージャーやゲスト・リレーション(ズ)とコンシェルジュはどこがどう違うのでしょうか、、、、の答えとして「誠心誠意のホスピタリティー!」と書きましたが、どうやらそうでもないようですね。AMやGRでも、十分コンシェルジュとしての仕事をしているようです。

結論:コンシェルジュの言葉に惑わされないで、ホテル選択をすること!



第4回:
次はホスピタリティーのお話しです。

日本のホテルのホスピタリティーは遅れていると言うのが、この業界の一般的な見方です。
カタカナ英語を使う時点で、システムや考え方は国外から取り入れたもの!そう考えてしまうのですね。
コンシェルジュと言う言葉を使うから「日本ではまだコンシェルジュは馴染みの薄い職種です」となるのです。
よく考えてみると、日本の旅館でもコンシェルジュと同じような職種があるのです! このことはまた後で書きますね。
ここで、日本のホテルの最高のホスピタリティーの事例があるので紹介します。
日本のホテル御三家の筆頭である帝国ホテルは、明治23年(1890年)に「東京にも世界に通用するホテルを・・・」と宮内省の援助を受けて財界の有志(渋沢栄一と大倉喜八郎)が協力し誕生しました。
設計は米国人建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)です。

前にお話ししたリッツがパリにリッツホテルを建設したのが明治30年(1897年)ですから、それより7年も前のことです。日本のホテル建設もそれほどヨーロッパやアメリカに遅れてはいません。
下のホテルの年表をみながら、一休みしましょう! どうぞじっくりとご覧下さい。

*日本のホテル建設年表
慶応3年1867 東京築地に「ホテル館」着工 設計:J・H・ブルジス(米国人)施工:清水喜助(清水建設創始者)
明治2年1869 横浜に「横浜クラブホテル」 開業  設計:W/Hスミス(英国人)
明治3年1870 神戸に「オリエンタルホテル」 開業
明治4年1871 東京築地に「精養軒ホテル」 開業、兵庫に「兵庫ホテル」 開業
明治6年1873 横浜に「横浜グランドホテル」 開業、東京日比谷に「東京ホテル」開業、「日光金谷ホテル」開業
明治11年 1878 箱根宮ノ下に「富士屋ホテル」 開業

明治22年 1889 ロンドンに「ザ・サボイ」開業 テムズ川近くのこの有名ホテルは、現在でも数々の有名人やセレブに愛され続けている
明治23年 1890 東京にも世界に通用するホテルを・・・と宮内省の援助を受けて財界の有志(渋沢栄一と大倉喜八郎)が協力して「帝国ホテル」が誕生する。設計を米国人建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)に依頼する。
明治24年 1891 京都に「京都ホテル」開業、軽井沢に「万平ホテル」開業
明治26年 1893 ニューヨークに、ウォルドルフ=アストリアホテル 開業、現在の国連に近く、後に、ケネディ大統領や、日本の昭和天皇、歴代首相も宿泊している。
明治30年 1897 パリに、ホテルリッツ 開業、この歴史ある高級ホテルは、近代、イギリスのダイアナ妃が亡くなる直前に泊まったホテルとして再び脚光を浴びる
大正12年 1923  伊豆大島・相模湾を震源とする「関東大震災」が発生(9月1日正午) 東京の大半、横浜、横須賀は壊滅状態となる。
昭和 2年 1927  関東大震災で、壊滅的なダメージを受けた横浜市は、市と商工会議所が協力して山下公園前に、外国人用ホテルとして「ホテルニューグランド」を開業する。(マッカーサーが最初に泊まったホテル)
昭和 3年 1928 米国太平洋岸ホテル業者が来日する。
昭和 5年 1930 ホテル内に「JTB」の案内所が設けられる。
昭和10年 1935 YMCA国際ホテル学校が設立される。
昭和11年 1936  伊豆に 「川奈ホテル」 開業 名門ゴルフコースで有名。 後に、あのマリリン・モンローとジョージ・デマジオの新婚旅行での宿泊先でも話題に
昭和16年 1941 太平洋戦争 開戦
昭和20年 1945 ポツダム宣言受諾 終戦、日本のホテルは連合国軍の将兵の施設として接収される。この間、米国人によってホテルの能率改善が行われた。又、ホテルの衛生改善については、徹底的に行われ日本人の衛生観念を全く根本から変えてしまった。
昭和27年 1952 東京に 日活国際ホテル 開業 ここで石原裕次郎と北原三枝や、美空ひばりと小林旭等、数多くの有名人が結婚式を挙げている
昭和33年 1958 東京に世界一高い電波塔 「東京タワー」 が完成する。
昭和35年 1960 東京に 「銀座東急ホテル」 開業
昭和36年 1961 東京に 「パレスホテル」 開業
昭和37年 1962 東京に 「ホテルオークラ」 開業  (帝国ホテルの大倉喜八郎の長男、喜七郎が設立)
昭和38年 1963 東京虎ノ門に 「東京ヒルトンホテル」 開業   (現、キャピトル東急ホテル)
昭和39年 1964 東京オリンピックを目指し相次いでホテルが開業する、東京の紀尾井町に 「ホテルニューオータニ」、高輪に 「ホテル高輪」、芝に 「東京プリンス」 とホテルラッシュが始まる。
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さて、それでは日本のホテルの最高のホスピタリティーの事例です。
昭和11年(1936年)のお話しですから、貴方の生まれる19年も前のことですが、有名なお話しなので貴方も知っているかも知れませんね。でも、書いておきましょう。
昭和11年に、管弦楽曲『禿山の一夜』、ピアノ組曲『展覧会の絵』などで有名な作曲家ムソルグスキーのさらに有名な歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」で、ボリス・ゴドゥノフ役では世界一といわれたバス歌手シャリアピンが来日し、帝国ホテルに宿泊しました。
シャリアピンはこの時入れ歯の不具合から来る急な歯痛に耐えかねて、帝国ホテルに治療を要請しました。
帝国ホテルは、丸ビルのバトラー歯科を紹介して、治療、、、当夜のコンサートは成功裏に終わったのです。
また、シャリアピンはホテルに柔らかい料理を要望しました。当時、帝国ホテルのレストラン「ニューグリル」の料理長であった筒井福夫は、シャリアピンの要望に答えるため柔らかいステーキを作る調理法を考え出しました。
肉をたたいて薄く延ばし、それを玉ねぎに漬け込んで柔らかくして焼き上げ、更にみじん切りの炒め玉ねぎをかけたものです。お陰でシャリアピンは痛みを感じないで大変美味しく食べることができたのです。

帝国ホテルは、その料理をシャリアピンの名前から「シャリアピン・ステーキ」と名づけてメニューに加えました。シャリアピン・ステーキは洋風の名前ですが、日本以外の地域ではほとんど知られていない、日本特有のステーキ料理です。バス歌手シャリピアンの歯が物語る1936年の日本のホテルのホスピタリティー
でした。


第5回
「日本はホスピタリティー後進国」そう言う人が沢山います。でも、シャリアピンのお話しで、日本もかなり古い時代から、現代のホテル最高のサービス精神であるホスピタリティーを持っていたと言うことがおわかりいただけたでしょうか?

ここでもう一度ホスピタリティーとはどういう事なのかを考えてみましょう!どうして日本はホスピタリティーの後進国と言われるのでしょうか?ある評論家のお話をもとに考えてみたいと思います。以下はその評論家の考えです。
(1)日本のホスピタリティーの原点は茶の湯の「一期一会」である。

一般的に「一期一会」は誤って伝えられている。
本来「一生に一度の茶事だから、一生に一度しか考えられない程クリエイティブな企画と演出をしなければならぬ」という意味である。 しかし一般的に「一生に一度のことと思って万全の準備をし、粗相のないように」というように誤って考えられている。

誤って伝えられた「一期一会」を、ホスピタリティーの原点と考え「おもてなしのこころ」がホスピタリティーと考えるようになった。
従って、主なることが食事や宿泊、或いはショッピングすること、従たるものとしてホスピタリティーを考えている。 つまり、接客やサービスなどである。
主に対して従たるもの、つまりお金が頂けない、或いは頂きにくい分野の仕事が「ホスピタリティー」であると、長年誤解されていた。 顧客は、それが常識と考えてしまっている。

日本でのホスピタリティーは「精神的な奉仕」に重点が置かれている。 当然マネジメントのシステムに乗せにくい。




(2)キリスト教国では、最後の晩餐がホスピタリティーの原点である。契約の血と体。楽しい人生と明るい未来の約束。 契約の儀式を原点に持つのがホスピタリティーである。
従って、楽しくなること、顧客が満足することはすべてオーライでホスピタリティーは主たる物の本体なのである。
当然、ホスピタリティーそのもの、例えばホテルから空港にロールスロイスで迎えに行くなどは日常的なサービスとなり、有料で行われる。

ホテルのコンソルジュ。日本では無料。 欧米ではきちんと20%チャージされている。 欧米キリスト教国でホスピタリティーは「具体的な奉仕」と考えられている。 当然、対価の対象であると共に、システムとして機能させやすい。
チップは、日本でもサービス料としてチャージするようになったが、「具体的な奉仕」の対価として、チップ以上に具体的に物語るものはない。


なんだかもっともらしく書いていますが、ようは、(1)日本のホスピタリティーは「おもてなしの心」で「精神的な奉仕」に重点が置かれている。
また、キリスト教国すなわち欧米と言うことでしょうが、(2)ホスピタリティーは「顧客が満足すること全て」であり「具体的な奉仕」である。そう書いてあります。

それではもう一度、ホスピタリティーとは何だったのかを思い出してください。第2回の中に以下のように書いてあります。
〜〜〜〜〜
ホスピタリティは、ラテン語のhospesであり「客人の保護者」や「歓待」と言った言葉から派生していて、キリスト教の教えでもあったようです。 

それが英語のhospital(病院)、hotel(ホテル)、hospice(ホスピス)と色々な言葉に発展しました。 
どれも「最大限の努力で訪れる人を扱わなければならない」と言う考え方が根底にあります。ホスピタリティは、お客様に提供する言動に対して、対価を求めるのではなく、「おもてなし・喜びを提供する」ことに重きをおいている点が大きくサービスと異なっています。ホスピタリティにおいて重視されるのは、人間性や信条、個性、感性などであり、報酬を求めての行動ではないということです。 
「おもてなしや喜びを提供する」ことによって、「報酬は結果として、あとからついてくる」という考えです。
〜〜〜〜〜

この定義からすると、(1)がまさしくホスピタリティーであり(2)はただのサービスであると言うことが分かります。

前にも書きましたが、ホスピタリティー(hospitality)と言う言葉が英語であるために欧米の考え方や精神が正しいと思いこみ、日本にその言葉が入って間もないために日本はまだまだ遅れていると、やはり思いこんでいるのです。ちなみに、英国ではhospitalityのことを「無料の食事付き宿泊」と言うこともあるのです。ホスピタリティーが具体的な奉仕で有料だという考えからは大分はずれるような気がします。

サービスよりも高度な「おもてなしの心」である「ホスピタリティー」は、まさに日本の伝統旅館のお家芸であり、日本のホテル業界の中にも知らずに入り込んでいたのです。諸外国は日本に学ぶべきです!千利休のわび茶は安土桃山時代の1570年頃にはすでに完成していました。茶道、茶の心は、日本のおもてなしの心の一つの基礎となっており、現代の日本のホスピタリティーを支えていると思います。
さらに言えば、日本のおもてなしの心は、豊富な水と緑に囲まれた照葉樹林を背景に、自然と調和して生活するという日本民族が育んできたものだと思います。一神教のキリスト教の中では、本当の意味のおもてなしの心は生まれません。
それなのにどうして欧米では、さらに日本でもホスピタリティー、ホスピタリティーと言ってで騒ぐのでしょうか?
私の仮説ですが、欧米が日本の旅館のシステムを真似て、さも自国のものであったかの様に大声でわめき散らしたのだと思います。ただし欧米も少しは研究して、結構スマートなものに仕立て上げました。こういう例、日本の真似をして或いは日本の研究を横取りして自分のものにしてしまうというようなことは、実は数え切れないほど過去に例が有ります。(実例は省略します)
 
結論:ホスピタリティー=おもてなしの心は、日本の伝統旅館のお家芸である。日本はホスピタリティー後進国ではない!



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[2012/01/24 15:09] | 雑記帳
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