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台湾台東に関わって40数年、その間に経験した楽しかったこと面白かったことびっくりしたことなど、現地の状況や日本との比較なども含めて紹介したいと思います。
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アミ語について
<アミ語の中の日本語>

アミ族もまた台湾が日本統治になってからは、日本人として50年間生活した。その間に日本語教育を強いられた。
そのために、アミ語の中には日本語の外来語も多くある。
アリガトウもそうだが、その他に例えば、
スリッパァ(スリッパ)
ローソック(ローソク)
等もそうだ。この場合、太字を強く発音するので、一見日本語には聞こえない事もあるが、れっきとした日本語起源の外来語である。
キンサッツ(警察、台湾語から派生)
カイケッツ(解決)
コップッ(コップ、日本語でも外来語だが)
タマコ(タバコ、これは日本語と同じ起源のものである)
サラ(皿、土地によって使う)
バケツ(バケツ、土地によって使う)
トシャ(自動車)
アミグツ(雨靴)
デンワ(電話)
キンキョウ(研究)
シンシ(先生)
タマナ(玉菜、キャベツ)
エンピッツ(鉛筆)
キンセイフ(縣政府)
さらに、台湾にいない動物で聖書の中に出てくる動物(カバ、ラクダ、ライオンなど)のほとんどが日本語である。
あげればきりがないほど有りそうだ。
 
それから面白いのは、彼等が日にちを表すとき(何月何日など)に、よく日本語が使われる。これは、アミの数の数え方に関係している。とにかくアミ語の数の数え方がとても面倒で、しかも聞き間違えやすいのである。
アミ語では、一から十までの基本数字は、次のようになる。(括弧内は日本語)

一 ツッツァイ (いち)
二 トサ (に)
三 トロ (さん)
四 スパッt (し、よん)
五 リマ (ご)
六 ウヌm (ろく)
七 ピト (なな、しち)
八 ファロ (はち)
九 シワ (きゅう、く)
十 ポロ(モトッp) (じゅう)

例えば、二十五を表すとしよう。アミ語では色々な表し方がある。
①五=リマ コ サカ 三=トロ ア 十=ポロ (端数が十進すると三十になる、その端数が五、すなわち二十五)
②サカ 三=トロ ト 五=リマ(①と同じ意味だが、三五と間違えやすい)
③二=トサ ア 十=ポロ サヴァウ ト 五=リマ (二十に五を足した数で、すなわち二十五)
④二=トサ 十=ポロ イラアイコ 五=リマ(二十があっって、さらに、そこに五がある、すなわち二十五)

これを、日本語にすると、二十五は「に じゅう ご」 で済んでしまう。
だから、彼等の選挙演説などの最後は、
「……8(HATI)GATSU 28(NIJYUHACHI)NICHI………  ありがとう、謝謝!」となる。

<台湾語起源のアミ語>

台湾語起源のアミ語もかなり多いが、最近ではアミの人もそれが台湾語起源であることを忘れてしまっていることも多いようだ。たとえば以下のアミ語は皆台湾語起源である。
 
タイバック(台北)
リプン(日本人)
パイラン(台湾人)
キンキン(龍眼)
*パッタン(桶)
*サイタウ(大根)
*タンコエ(冬瓜)
*サパイウ(薬)
*カイシン(茶碗)
*印:多くのアミの人も、台湾語起源であることを忘れている外来語

最近アミ語辞典なるものも出てきているが、発音記号は辞典によってまちまちである。
外来語で見てみると、例えば「阿美語図解・実用辞典」(1995年)によれば、見出し語2800語のうち、日本語起源が109語、台湾語起源が64語、北京語起源が9語、英語起源が18語と、断然日本語起源が多い。
これは50年間の日本統治時代の影響もさることながら、日本時代にかなり日本語を強制していたと言うことも伺える。なぜなら、日本語起源の外来語に中には、もともとアミ語にもあるものがかなり含まれているからだ。

<アミ語の面白さと合理性>

①名前の前に「チ」を付ける
ヤミ族の言葉では、名前の前に「シ」を付ける。台湾の自然や文化人類学の草分け的存在の鹿野忠雄(かのただお)が、蘭嶼(当時の紅頭嶼)に行った時に、自分の名前をヤミ族の人達が皆「シかの」さんと言ったので、驚いたという話である。
同じようにアミ族でも、名前の前には皆「チ」を付ける。したがって、アミ語で自分の名前を言われた時に、日本での名前と変わってしまうような錯覚を持つことがある。
依田さんは、「チよだ」さんに、春さんは「チはる」さんになってしまう。

②距離や長さの表現
日本語でも「あー疲れた!」と言うと、凄く疲れた感じがでる。これと近いようだがもっとうまくアミ族は表現する。
道ばたでアミの人に出会ったとしよう。
A「ンガアイホ!」(こんにちは!)
B&C&D「ンガアイホ」(こんにちは)
A「タラズワ カモ?」(あなた方、どこに行くの?)
B「ダイラ イティラ ミサラマ」
 (近くに遊びに行きます)
C「ダイラ イティーラ」
(遠くに行きます。)
D「ダイラ イティーーラ」
 (うーんと遠くの方へ行きます。)

重たいと言う表現も同じように表現する。
アミ語で重たいは「カルトゥン」と言うが、
普通に重たい時は「カルトゥン」で、かなり重たい時は「カルトゥーン」で、もっと重たくなるともっとのばして、更に重たそうな表情を交えて表現する。

③物の平面的位置関係(方角と前後左右)
物の位置関係を表すには、日本語では、「あなたの右」とか「あなたの後ろ」と言うような表現を使う。
アミ語でも、右:カワナン、左:カウィリ、後ろ:アイコル、前:アアヤオという表現があるが、アミの人達はこの、前後左右を余り使わない。それではどう表現するかというと、東西南北を使うのである。
東:カワリ
西:カティップ
北:カアミス
南:カティモル
 
「私のバッグはどこに置いたかな?」
 「あなたの東にあるでしょ」
 こんな会話になってしまうのである。

ここでもし私たちがアミ族と同じように、東西南北で物の場所を表現するとしたらどうなるだろうか?かなり混乱してしまうことだろう。なぜなら、私達は日常生活の中で、細かな物の場所を東西南北を基準に表現したりすることはほとんどない。また、自分の家ならともかく、人の家の中でどちらが東でどちらが西かなど余り意識しない。

そう言うことから考えると、アミ族は自分が今どこにいるのか、そして東西南北のどの方向に何があるのかと言うことを知らず知らずの習慣で会得しているのだろうか?
海岸線に住むアミ族は、海の方向が常に東であり、山の方が西になっている。家の玄関は東を向いていることが多い。
動物の中には、太陽の光の方向や星の位置から自分の位置を定位するものがいるが、何度もこのような経験をすると、アミ族はそんな特殊な能力を備えているとしか思えないようなこともある。
さらに言えば、前後左右は相対的な位置関係であるのに対して、東西南北は地球上では絶対的な位置関係だから、本人や相手がどの方向を向いていても何の問題もない。

<アミ語と日本語の勘違い>

これは日本時代に本当にあった話として、細かな内容は少しずつ違うのだが、同じような話をアミ族の様々な人達から聞いた。きっと、アミ族の中では有名な話なのだろう。
①チ(シ)リクサイ
日本時代には、「ミカリ」あるいは「ミサクリ」(苦力(クーリー)という人もいる)と言って、原住民に強制義務労働が科せられていた。ある時日本人が、数人のアミ族の労働者を従えて、かなり山奥に仕事に入った。
途中、何度か休憩したのだが、そのたびにアミ族達は「チリクサイ、チリクサイ」と言っている。日本人にはそれが「尻臭い、尻臭い」と言っているように聞こえた。そこで日本人は「おまえ達は何で、日本人に対して、尻が臭いなどと抜かすのか!」と、アミを殴り飛ばしたそうだ。
殴られたアミの一人が、そうではなくて、アミの言葉で「チリクサイ」は「蚊が多い、蚊が多くてたまらん」と言うことで、決して日本人の尻が臭いという意味ではないと説明した。台湾の山の中は確かに蚊が多くて、私も随分閉口したものである。

②マチナサイ
目的地まではまだかなりの距離があった。しばらく歩いていると、先頭を行く日本人監督の後ろを歩いていたアミの男が日本人に「まちなさい!」と声をかけた。
日本人はまた彼らが何か言っていると思いながらも、先を急いで歩き続けた。
少し歩くと、またアミの男が「まちなさい!」と言う。あまりしつこく言うので、そこで立ち止まった。
「早くしないと日が暮れてしまう、それなのにおまえ達は何で、待ちなさい!待ちなさい!と、急ぐのを止めるんだ!」とまたアミを殴りつけた。
今度も、アミの男が説明した。
「あなたのズボンが破けていて、よく見ると、お尻の縫い目がほつれてかなり縫い目のほころびが広がっていた。余り気の毒なので、そのことを言っただけです。」
アミの言葉で「マチナサイ」というのは、ほころびて破けているという意味だったのだ。

<アミ語の「私達」>

アミ語を初めて最初に戸惑ったのが、この「私達」と言う言葉だった。沢山の人がいる時に、私達とは一体どの部分を指すのか?
日本語では、私達はあくまでも私達であって、かなり漠然としている。
最も簡単な例は、例えばA・B・Cの3人のアミがいるとする。AでもBでもCで「ミノカイト カコ」(私帰る)と言えば、その言った本人が帰ることである。誰かが「ミノカイト キタ」(私達帰る)と言えば、ABCの3人揃って帰ることになる。ところが、AがBに向かって「ミノカイト カミ」(あなたに対しての私達帰る)と言うと、AとCが帰ることである。

もし、ここに10人(大人4人、学生6人)の人間がいるとすると、日本語の私達は、その10人全部を指すことが多いのだが、時によってはそうではない。お互いに目を見合わせて「私達学生だもんねー」と言ったとすると、その目を見合わせた6人の学生をさして、私達と言ったのである。すなわち、目を見合わせることと、学生であること自身を自分で確認して、ある人が言った「学生の私達」であると自分自身が認識する必要がある。
ところがアミ族の言葉では、たとえば、今10人の人が林さんの家にいるとしよう。ところが、林家の家族は3人であって、すなわち、残りの7人は林家の者ではなく、夕食に呼ばれてやってきた人である。夕食が終わり帰る時間となった。林家の人に対して「ミノカイト カミ」(私達帰ります)というと、その私達(カミ)はもちろん夕食に呼ばれてやってきた7名の人を指す。

ところが、教会などに10人で行って、10人で帰ってくる時は。その10人の中で、
「ミノカイ キタ」(私たち帰ります)と言い合う形になる。しかし教会の神父さんに対しては「ミノカイト カミ」(あなたに対しての私達帰ります)と言わなければならない。
すなわち「カミ」はあなた方に対する私たちで、「キタ」はそこにいる全部の私たちを指す。
もし林家の3人の中に、その家の外で暮らしていて(外に世帯がない)、そろそろ帰らなければならないと思っている人が一人いたとすると、日本語の場合には、その人はその「私達」に自分の判断で入れてしまって、「私たち帰りましょう」と言われると「私もかえる」とその人達と一緒に自分の親の家から今住んでいる家に帰るとことになる。もう一度「それでは、私たち帰りましょう」と誰かがいうと。その「私たち」の中に、林家の1名が入っていることになるが、日本人はそこまで意識していないことが多い。

アミ語の場合の「私達」は、はっきりしていて、その帰らなければならない一人は含めない。あくまでも、夕食に招待された人7名のことなのである。その区別を表すために、アミ語では、相手方を含めた「私達」の時には「キタ」を、相手方を含めない私達の時には「カミ」を使うのである。
また、この場合には、林家に住んでない林家のもう1名に対する、招待された側7名の言い方がちょっと複雑になる。アミ語の「ミノカイ」(帰る)は、日本語ほど軽くない。
林家の1名はまだ外に所帯を持っているわけではなく、林家は自分が生まれ育った家である。従ってそこに帰って来るときはまさに「ミノカイ」であるが、その家から別の住み家に移るこのような状況では、「ミノカイ」は使えない。自分の生家が、日本以上に重くて中心的な場所なのだろう。
他の7名は、林家の1名も帰ることを知ると、林家に残る2名に向かって、「ミノカイト カミ」と言い、もう一人の林家の1名に対しては、「アタト」とか「タタタ」(行きましょう)と言って、一緒に家を出る。もし、その1名が、すでに所帯を持って自分の家を持っている時には、「ミノカイト コミソ」(あなたも帰る)と「ミノカイト」を使うことができる。

さらに、教会に今、A・B・Cの団体がいたとする。Aの団体が帰る時に、教会の神父やB・Cの団体に対して、「Aの団体は、先に帰ります」と言う意味で「帰ります」と言う時は、「ミノカイト コミヤン」と言う。この「コミヤン」も「我達」の意味なのだが、その時まだB・C団が残っているために、
あっちの団体ではない私達の団体の「私達」ということで使われるようである。
曖昧な日本語と、ちょっと複雑なアミ語ではあるが、アミ語の方がはっきりしていると思う。家を大事にする考え方が、またとてもいい。

北京語でもこれとよく似たた表現が一部にある。一緒にした全体の「私達」と言う時に「咱們(ツァーメン)」 と言う。したがって、「咱們走吧(ツァーメンツオパ)!」(私たち行きましょうか?)と言うと、そこにいる
「你們(ニーメン)」(あなた達)と、あなた達に対する「我們(ウォーメン)」(私達) との全員がどこかに行ってしまわなければならない。
「我們走吧(ウォーメンツオパ)!」と言う時は、貴方または貴方がたに対してのあるまとまった私達が行きますと言うことになる。
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[2011/10/28 23:43] | 原住民の言葉
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